電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第571回

「半導体チップ戦争」は平和を守るために必要かもしれないのだ!


バイデン政権対中国政府のしのぎ合い、インドも参戦する展開

2024/3/15

核ミサイルを打ち合う戦争を引き起こすよりは、半導体分野で技術と量産を競い合う方がよっぽど健全
核ミサイルを打ち合う戦争を引き起こすよりは、
半導体分野で技術と量産を競い合う方が
よっぽど健全
 最近になっては、半導体をめぐる世界バトルが面白おかしく喧伝されている。これを書けば売れる、と考えているモノ書きが多いからだろう。筆者もその一人であるが、いうところのチップ戦争は、決して悪いことではないのかと思い始めた。

 思えば人類の歴史は、常に戦争の積み重ねの中にあった。何故に人が人を殺さなければならないのか、と多くの人が心に思いながらも戦火の絶えることはなかった。しかも、戦死する人が加速度的に増えたのは、何といっても第一次世界大戦であろう。第二次世界大戦はまさにとんでもないことになった。我が国においては300万人が戦火の下に死亡したのである。

 いつも強く懸念されているのは第三次世界大戦である。これは核戦争になる可能性が著しく大きいのであるからして、人類の破滅という最悪の事態も考えられる。核戦争だけはだめだ、という思いは世界中の誰の心の中にもあるだろう。

 ゴルバチョフによってソビエト連邦が解体された時に、70年にわたる共産主義の時代は終わった、と多くのジャーナリストが書きつらねていたことをよく覚えている。しかして、ソビエト連邦を引き継いだロシアの指導者、プーチンの狂乱ぶりはどうしたことだろう。そして西側諸国が懸命にこれを抑止しようとしているが、終戦の糸口はいまだつかめていない。

 自由主義対社会主義または資本主義対共産主義という対立の図式は、もしかしたら100年経っても変わらないのかもしれない。ここに来ては中国が台湾に侵攻してくる可能性があるという考え方が強まり、米国バイデン政権はこれに対するブロック策を次々と講じている。

 その象徴的な出来事が、半導体をめぐる中国の封じ込めなのである。最先端の半導体製造装置、半導体材料/部品を中国に輸出することは厳重にこれを禁止する、というバイデン政権の決定は、ある種驚き以外の何物でもない。

 そしてまた、中国が侵攻してきた場合のことを考えて、今や売上12兆円という世界最強の半導体企業、TSMCの製造拠点を次々に海外へ移転させるという方法も取られている。TSMCの米国アリゾナ新工場、日本の熊本新工場、ドイツのドレスデン新工場などがそれである。また、韓国サムスンのテキサス新工場、PSMCの仙台新工場などの動きも、結局は米国政府の傘の下に動いている出来事だと思えるのだ。

 こうした情勢下で、次の眠れる大国と言われたインドが、ついに数兆円を投じる半導体計画をアナウンスした。インドの最大企業であるタタグループが大型の半導体工場建設を発表し、この技術供与を台湾のPSMCが引き受けるという形になっている。そしてまた日本のルネサスも、インドに半導体後工程の新工場建設を決定したのだ。

 ところが、中国のしたたかさは半端ではない。最先端の装置・材料が入らないならば、ローエンド、ミドルエンドの半導体製造に特化し、その分野で世界シェアの50%以上を取るという作戦に転じたのだ。この分野の半導体は日本や欧州が得意とするパワー半導体、CMOSセンサー、アナログ、マイコンなどが含まれており、これを押さえ込まれれば意外と大変なことになる。

 特にSDGs時代にあってはカーボンニュートラルを目指すわけであるから、世界のCO2排出量をなんとしても大きく減らさなければならない。そのためには電力消費を節約するパワー半導体が重要な戦略物資となるのだ。また、メタバース社会を実現するためには、CMOSセンサーが必須の存在となる。中国においてはパワー半導体とCMOSセンサーを生産する新たなカンパニーが次々と設立されている。こうした動きには注意を払う必要がある。

 それはともかく、核ミサイルを打ち合うドデカイ戦争を引き起こすよりは、半導体の分野で技術と量産を競い合う方がよっぽど健全なのである。その意味で、半導体チップ戦争は平和を守る戦いと言えなくもない。

 軍事防衛向けの半導体は全半導体の1%しかないが、世界の軍事費がひたすらに増大している以上、これが3~4%以上になってもおかしくはない。それでも、世界平和を守るためにも、世界経済の成長のためにも、半導体の開発・量産の加速は必要なことだと思えてならない、今日この頃である。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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