電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第557回

名古屋の居酒屋で、ソニー創業者の一人「盛田昭夫氏」の思い出に浸っている


小さな会社であっても胸を張り、トランジスタラジオのメガヒットに成功

2023/11/24

 名古屋で講演する機会に恵まれた。その前日に知り合いに誘われ、ヒルトンホテル近くの上品な居酒屋に招待されたのだ。入ってみると、ジュウジュウと焼き焦げる焼き鳥の匂い、味噌おでんや肉じゃがの美味しそうな様子に目を奪われた。外国人のエンジニアを囲むような小宴会をやっている人たちもいる。訳ありともいうべき銀髪のイケメン紳士と若くてお美しいお姉さまのカップルが日本酒を酌み交わす姿も見た。

名古屋にある「盛田」はソニー創業者のゆかりの店
名古屋にある「盛田」は
ソニー創業者のゆかりの店
 「なんと素晴らしい店なのだ。何回も名古屋には来ているが、何故かこの店には気品がある。ここに置いてある蔵出しみそのお土産品は、三百年以上の伝統に支えられているじゃないか。すごい。すごい。」筆者は感嘆のあまり知り合いの人たちに小さな叫び声を上げていた。知人の一人が「表に出てこの店の看板を見てください」というので行ってみた。そこでまたもう一つのサプライズに出会った。店の前にある垂れ幕には「蔵元 盛田 創業寛文五年」と書いてあったのである。ビビーンときた。名古屋、そして盛田、そして江戸時代の年号とくれば、ソニー創業者の一人、そして同社の名前を世界的に知られるエレクトロニクス企業に育て上げた盛田昭夫氏のゆかりの店であることがわかった。

 盛田昭夫氏は1921(大正10)年、愛知県名古屋に生まれた。実家は400年続く造り酒屋であり、15代当主になるべき人であった。盛田氏は第八高等学校(現名古屋大学)を経て大阪帝国大学(現大阪大学)理学部に進み物理学を専攻する。44年、同氏は学徒動員令によって海軍の技術中尉として横須賀に派遣され、大学を卒業した年に終戦を迎えることになる。盛田氏は大阪帝国大学時代の研究を評価され、東京工業大学の講師という職を得るのであるが、何とGHQによる公職追放令でこの職をはく奪されてしまったのだ。そして井深大氏との運命ともいうべき出会いがあり、46年5月、東京通信工業(現在のソニー)を設立することになるのである。50年から71年までは、第三代社長として大活躍する。

 25歳にして会社を設立した盛田昭夫氏は、世界初の本格的トランジスタラジオの売り込みをするべくアメリカに渡る。しかし、名もない東京の小さな町工場ともいうべき会社からアメリカでの販売依頼を受けたカンパニーはこう言い放つのだ。「20万台のオーダーを出そう。これは素晴らしい製品だ。しかし、戦争に負けたニッポンの小さな会社のブランドでは売れないよ。こちらの商標をつけさせてもらうよ。」

 しかして、盛田氏はこのような屈辱的な条件を受けることはできないと考えた。将来を考えれば、目先の利益だけを考えてもしかたがないという判断で相手の商談を断ったのである。今となっては伝説のトランジスタラジオである「TR-55」をソニーというブランドで売ってみせると決意を固め、全社一丸となって頑張ったのだ。その次の代の「TR-72」で爆発的なヒットを記録し、世界のソニーとして躍り出たのである。盛田氏は89年になって、有名作家の石原慎太郎氏と『NOと言える日本――新日米関係の方策』という本を発表し、これはミリオンセラーとなった。同氏は論客としても知られていたのである。

 筆者はまだ駆け出しの若造記者であった時代に、盛田昭夫氏に会っている。もちろん取材などをできる力関係ではなかった。電気関係の大きな展示会があり、ソニーのある製品を眺めていた。そしてメモを取り始めた時に肩をぽんと叩かれた。振り返ると、気さくな笑顔を浮かべた中高年の男の人がこう言ったのだ。「君は新聞記者らしいね。この製品はとてもいいんだよ。しっかり書いてくれよ。頼むぜ。」唖然としてその人が去っていく姿を見つめた。まわりの人たちから「あれはソニー会長の盛田昭夫さんだ」という声が上がった。このことは強烈に覚えている。若き日の自分に人懐っこく声をかけてくれた盛田氏の笑顔は、素晴らしいものであったからだ。

 「今は人に知られない小さな会社であっても、世界に向かって胸を張れ!」という盛田さんの言葉を、今日のニッポン半導体の世界で必死に戦う中小企業の人たちに語り伝えていきたいものである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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