半導体製造の次世代技術といえば、業界内では「TSV(シリコン貫通ビア)」「450mmウエハー」「EUV(極端紫外線)リソグラフィー」が広く認知されている。しかし、この3大技術は量産工程への導入スケジュールが毎年後倒しになっており、停滞気味であることは言うまでもない。TSVは追加される加工コストを下げる手段がなかなか見つからず、スマートフォンなどのモバイル機器用パッケージで期待されていた「Wide I/O」の採用は現時点では非常に厳しい状況になっている。450mmウエハーについても、主導役であった米Intelの導入延期により一気にトーンダウン。半導体リソグラフィー装置大手のオランダASMLは450mm対応装置の開発中止を表明する事態に発展している。
しかし、ここにきて唯一光明が見えてきた技術がある。EUVリソグラフィーだ。光源やマスク、レジストなど依然として課題が山積しているものの、ここ最近の技術改善のスピードは一気に速くなっている印象で、これに呼応するかたちで顧客である大手半導体メーカーの動きも慌しくなってきた。今回はEUVリソグラフィーを取り巻く業界環境をまとめるとともに、今後の本格導入に向けたシナリオを展望する。
限界迎えるArF液浸+MPT
現在、最先端の半導体リソグラフィーは、ArF液浸にダブルパターニング(DPT)/MPT(マルチプル・パターニング)などの多重露光技術を組み合わせた手法が主流となっている。もともと、ArF液浸の次はEUVが候補として挙がっていたが、技術的な課題を克服できず、現行のArF液浸を延命させる措置を取っている。
しかし、DPTの本格導入に伴い、製造工程数は増加の一途を辿っている。求められる加工寸法を実現するために、リソグラフィー装置やエッチング装置をはじめとする製造インフラの必要量が一気に増えており、投資コストの上昇を招いている。微細化はもともと、消費電力の低減や性能向上と同時に、コストダウンも実現する半導体業界にとって重要な手法であるはずだが、このコストダウンが思ったとおりにいかなくなっている事態に直面している。
2014年12月に開催された「SEMICON Japan 2014」のシンポジウムに参加したASMLのNigel Farrar氏(EUVマーケティング担当)も「20nm世代でのArF液浸のレイヤー数(必要マスク枚数)は23枚、10nm世代では33枚に増加する」と言及しており、もはや10nm世代は現行手法の延長線上では、経済的な合理性が伴わなくなってきていることを示唆している。
16年に1500枚/日を実現
ArF液浸+MPTが技術的にではなく、経済的に限界を迎えるなか、これに代わる技術は、やはりEUVが最も有望だ。NANDフラッシュでは一部キヤノン・東芝連合のように、ナノインプリントリソグラフィー(NIL)に活路を求める動きがあるものの、ロジックまで含めた半導体デバイスのリソグラフィープロセスと考えた場合は「EUVしかない」という答えに辿りつく。
EUVを用いることで、先述の10nm世代で33レイヤー必要であったArF液浸の工程が「9レイヤーで済む」(Farrar氏)という。半導体産業は微細化が止まると産業として成熟化・陳腐化してしまう可能性もあるだけに(“More than Moore”など別の方向性で産業活性化を議論する必要もあるが……)、EUVに対する期待はやはり大きい。
しかし、長年期待されていたEUVの本格導入は遅々として進んでいない。最大の課題は光源の出力不足による低スループットだ。ArF液浸では時間あたり250枚以上というスループットを実現するなかで、EUVはそれに遠く及ばない。
ASMLは現在、量産EUVリソグラフィー装置として「NXE:3300B」を出荷しているが(図1参照)、14年末までに1日あたり500枚以上(時間あたり55枚以上)を実現できているという。 しかし、15年以降のロードマップは非常に強気だ。15年には1日あたり1000枚以上(時間あたり75枚以上)、16年には同1500枚以上(同125枚以上)に改善できるとしており、量産適用に向けてめどが立ってきたことを示している。
ASMLは現在、3300Bを計11台(3350Bへのアップグレード3台含む)受注しているほか、15年からは次世代機種の「3350B」の出荷も予定している(図2参照)。
TSMCが最新機種を発注
14年11月にロンドンで行われた
投資家向け説明会はTSMCからの
受注と強気な売上計画など
サプライズが多かった
(写真:量産用EUV装置「NXE:3300B」)
EUVのスループット改善計画の確度が高まってきたことを受けて、顧客となる半導体メーカーもEUVの導入計画をより具体化させている。業界の中でも大きな転換点と受け止められているのが、ファンドリー世界最大手の台湾TSMCの動きだ。ASMLは14年11月24日にロンドンで開催された投資家向け事業説明会において、TSMCから3350Bを15年納入スケジュールで2台受注したことを明らかにした。さらに、納入済みの3300B2台についても3350Bへのアップグレードを実施する予定で、TSMCの工場内には最新のEUVが計4台設置されることになる。
TSMCは現状、EUVの採用スケジュールについて明確な回答は行っていないが、14年第3四半期(7~9月)決算のカンファレンスコールでは興味深いコメントを残している。中身は「10nm世代は今のところ、EUVを採用する予定はなく、ArF液浸+MPTの方向で開発を進めている。ただし、10nmの量産が立ち上がった後は、コストダウンやプロセスの簡素化のために、EUVを採用する可能性はある」というもので、10nm世代で一部採用する可能性に言及している。
このコメントから想像できるのは、「次の7nm世代ではEUVが不可欠になる」ということであり、7nmで本格的に採用するために、10nm世代で試運転を行っていくというメッセージとも受け取れる。EUVを採用する可能性がある潜在顧客は現状、Intel、Samsung、TSMC、GLOBALFOUNDRIES(GF)、東芝、SK Hynixなど6~8社に限られており、そのなかでもTSMCがこうした動きを取り始めた意味は、とてつもなく大きい。
背景にあるのは、TSMCなどファンドリー企業の顧客であるファブレス企業からの強い要望だ。その筆頭である米Qualcommなどでは、年々微細化により製造コストの上昇が委託価格に転嫁されている状況を憂慮しており、10/7nm世代でEUVの本格採用をファンドリー各社に迫っているとも言われている。
2020年に売上100億ユーロ
これまでの停滞感から量産適用に向けて一歩前進した感のあるEUVリソグラフィー。ポジティブな空気が流れ始めるなか、ASMLが11月の投資家向け説明会で明らかにした長期的な売り上げ計画も実に強気なものだ。
具体的には、2020年までに売り上げを100億ユーロにまでするというもので、この売り上げ増の大半をEUVでまかなうという。同社は14年通年売上高を56億ユーロと設定しており、今回の長期目標はそのおよそ倍にあたる。牽引役と位置づけるEUVは18~19年には年間50~60台規模にまで成長すると予測している。EUVは現在、1台150億円前後とも言われており、普及期に装置価格が下がることを考慮しても、100億ユーロのうち、6割以上をEUVで構成していくつもりだ。
EUVは現状、ASMLが唯一開発を手がけており、競合他社は存在しない。リソグラフィー装置で競合するニコンは技術的な問題からEUVは当面の現実解ではないとしており、開発を凍結。ArF液浸と450mm対応装置の開発にリソースを集中投下する姿勢を貫いており、微細化という観点でASMLが背負う役割は大きい。ArF液浸+MPTからEUVへのシフトにより、装置・材料業界にとっては、一時的にマイナスに作用する可能性が高いが、長期的な視点に立てば、EUVが半導体産業にとって新たな成長をもたらしてくれるはずだ。
15年はASMLを中心としたEUVの開発動向をさらに注目していく必要がありそうだ。
半導体産業新聞 編集部 記者 稲葉雅巳