電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第70回

インビジブル・ソーラー


ステルス時代の太陽電池

2014/11/7

 2012年7月から始まった再生可能エネルギー固定価格買取制度を追い風に、国内の太陽光発電の導入は順調に増えている。経済産業省(資源エネルギー庁)が認定した設備容量は、14年6月の時点ですでに69GW弱に達しており、なかでも産業用など非住宅向け(認定容量の9割)の伸びが著しい。一方で、認定を受けながら建設や運転を開始していない設備も多く、今のところ運転を開始した設備容量は10GW超にとどまっている。


 認定後の速やかな運転開始を図るため、経済産業省は認定済み案件の運転開始状況を調査し、12年度に認定を受けた非住宅用の設備のうち、運転を開始していない1.8GWについて「事業実施の意思なし」と判断し、認定の取消し・廃止を決めた。もっとも、追加聴聞を予定している認定済み設備容量は12年度分だけでも2.7GW残っており、さらに13年度分となると28GW超が調査対象となっている。こうなると、一体何のための認定だったのか分からない。

コスト低減が自律成長のカギ

 ところで、太陽光発電の大量導入を後押しする国に対し、肝心の電力会社の反応は鈍い。これまで渋々、太陽光発電の買取り(費用はすべて国民負担)を行ってきた電力会社だが、ここにきて、相次ぎ買取りの中断を表明し始めた。「需給バランスの悪化」「送電網の限界」などがその理由らしいが、「最悪、大規模停電の可能性あり」といった、常套の脅し文句も忘れていない。もちろん電力会社にも事情はあるだろうが、もう一度、太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーの導入意義を考えるべきだろう。そしてやはり、補助金に依存した太陽光発電の普及には限界があることを再認識した方がいい。

 太陽光発電の自律成長を促すには、何と言っても、太陽電池の変換効率を上げ、システムコストを下げていくしかない。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が14年9月末に発表した「太陽光発電開発戦略(NEDO PV Challenges)」にも、2030年に向けた高効率化技術や発電コストの目標が盛り込まれている。高効率化では、ヘテロ接合とバックコンタクトを組み合わせたHBCが有望とし、発電コストについては、20年に14円/kWh、30年に7円/kWhという目標を掲げている。ちなみに14円は業務用電力、7円は従来型火力発電と同水準の発電コストだ。もちろん、7円/kWhの実現は簡単ではないが、NEDOは「補助金に頼らない普及、さらには、世界市場で生き残るには必達の目標」との考えを示している。


 繰り返すが、太陽電池の最大の価値は、入射した光に対し、高い変換効率で、より多くの電力を得ることである。高効率&高出力、低コストの太陽電池の筆頭格は結晶シリコン(Si)太陽電池で、実際、市場投入されている太陽電池の大半が結晶Si太陽電池である。しかし、自動車に様々な種類があるように、太陽電池も結晶系、薄膜系、無機系、有機系といった多くの種類がある。高効率&低コストは共通課題だが、用途に応じた活躍の場があるはずだ。そして、新たな太陽電池の用途として期待されているのが透明太陽電池(Transparency Solar Cell)である。

“透明”という新たな用途

 透明とは、可視光を100%透過するのが本来の意味だとは思うが、広義的には、ある程度の光を透過するものも透明太陽電池として理解していいだろう。ちなみに、例えば薄膜Siや結晶Siにもシースルー型と呼ばれる太陽電池が存在する。また、直径1μmの球状Si太陽電池も、モジュールで考えればかなりの光を透過する。しかしここでは、光吸収層自体に透過性があるものを透明太陽電池として考えたい。

 透明太陽電池は、先行して無機系の開発が始まった。無機系透明太陽電池材料の代表が透明導電性酸化物である。透明導電膜として一般的な酸化亜鉛や酸化すずはn型の透明半導体だが、これに銅アルミ酸化物、銅ガリウム酸化物、銅インジウム酸化物といったp型の透明半導体を組み合わせてpn接合を形成すれば透明太陽電池ができる。03年には、産業技術総合研究所(AIST)が酸化亜鉛と銅アルミ酸化物を組み合わせた透明太陽電池を試作している。紫外光のみを発電に使うため、変換効率は2~3%と低いが、可視光を採光に、赤外光を温度調整にそれぞれ利用することで、太陽光全体の利用効率を50%まで高めることができるとしている。物質・材料研究機構(NIMS)も08年に窒化ホウ素薄膜を使ったBN/Siへテロ太陽電池の試作に成功しており、BN薄膜のpn接合型で透明太陽電池ができることを示した。

 最近では、有機系材料を用いた透明太陽電池の開発が活発化している。発電層の膜厚がナノオーダーの有機薄膜型(OPV)や、酸化チタンのナノ多孔膜と電解液を使う色素増感型(DSC)は構造上、透明太陽電池を作りやすい。ドイツのHeliatekは、分子量の低い重合体であるオリゴマーを用いたタンデム型OPVで変換効率12%を達成しているが、透明太陽電池の開発にも力を入れており、14年3月には、透過率40%で変換効率7.2%を達成したことを明らかにした。同社は光線透過率50%の透明太陽電池シートの量産技術の確立を目指しており、ガラスと一体化することで、ビルの窓などへの応用を考えている。

 米国UCLAも可視光を透過し近赤外に感度のある透明太陽電池を開発している。研究グループでは、近赤外に多くの吸収を持つ高分子材料を使用することで、透明性と発電性能を両立することに成功した。表面電極に銀ナノワイヤーと酸化チタンナノ粒子の複合材料を採用することで、光の吸収損失を低減しつつ、集電性能を向上することができた。70%という高い透過率でありながら、4%の変換効率を実現している。


完全透明も実現

 日本メーカーも、有機系材料を用いた透明太陽電池の開発に注目している。東芝は、p型材料に独自合成のドナー-アクセプター型ポリマー、n型材料には高純度のPC70BMを使用し、電子をITOから、正孔を背面電極から取り出す「逆構造」を採用したOPVで、セル効率11.2%(1cm角)、モジュール効率9.9%(5cm角)を達成している。OPVのモジュール効率では世界最高で、セル効率も世界最高レベルの水準となる。また、同社は有機発電層の膜厚を薄くすることで、光の透過性を高めたシースルー型OPVも試作し、これで駆動する液晶時計などのデモを行っている。可視光以外で高い吸収効率のある材料を使えば、シースルー型でも変換効率の改善が期待できるとしている。

 住友化学も高い光線透過率と発電性能を両立したシースルー型OPVを開発している。開発中のOPVは、チオフェン系p型ポリマーとフレロピロリジン誘導体を組み合わせたバルクへテロ構造で、独自合成のローバンドギャップポリマーの吸収波長端は900nm以上で、高い透過性がある。これまでに、シングルセルで変換効率10%以上を達成している。より透過率の高いポリマー、さらに電極構造を最適化することで、可視光の透過性を高めることが可能としている。BIPV、車載、ポータブル発電シート、カーポートなどの用途を想定している。

 三菱化学は、塗布変換型半導体材料のベンゾポルフィリン(BP)を活用したOPVの開発に取り組んでおり、これまでに変換効率11.7%を実現している。モジュール効率は5%だが、15年までにモジュール効率7%を実現し、市場投入を目指す。同社はOPVの用途として、BIPV(建物の壁面への設置)や車載(車体に貼り付けもしくは塗布)を想定しているが、一方で、NEDOプロジェクトの一環で、透過性の高いOPVを用いた「発電するサンシェード」の実証試験を行っている。

ミシガン州立大が開発した透明太陽電池
ミシガン州立大が開発した透明太陽電池
 有機系でも、すべての可視光を透過する透明太陽電池の研究が進んでいる。ミシガン州立大学のRichard Lunt准教授らの研究グループは、可視光をすべて透過する低分子の有機材料を使用することで、高い透過率を持つ新しいコンセプトの透明太陽電池を開発した。光電変換に用いる波長領域は紫外光と赤外光のため、通常の太陽電池に比べて変換効率は低いが、高い透明性を維持しつつ、発電が可能になる。今のところ、変換効率は1%前後だが、材料やプロセスの最適化で5%は狙えるという。透明太陽電池の用途は、窓ガラスやスマートフォンなどを想定しているが、太陽電池としての存在を意識させないことで、他にも様々な用途が期待できる。

農業再生の切り札になるか

 透明太陽電池の有望な用途に農業利用がある。農地への太陽光発電システムの設置については、13年3月に農水省が規制緩和を打ち出したことで、導入加速が期待されている。ただ、撤去可能な施設であること、従来の8割以上の収穫量を確保すること、といった様々な条件が前提となっている。こうした条件をクリアするには、光合成に必要な670nm付近の光は透過し、それ以外の光を発電に利用するシースルー型OPVが適している。営農と太陽光発電の両立は、ソーラーシェアリングと呼ばれている。

 国内の農地面積は約450万haだが、仮に全面積に太陽電池を敷き詰めると発電容量は3000GW、年間発電量は3兆kWhとなり、これは日本の電力総需要の3倍に相当するという試算(立命館大)がある。実際には、3分の1の面積、さらにその3分の1の密度が現実的だが、それでも発電容量は330GW、年間発電量は3300億kWhとなり、日本の電力総需要の3分の1をまかなうことができる。また、電力需給の観点だけでなく、農家の収入増など、ソーラーシェアリングは農業再生の切り札になると期待されている。

 すでに、農地でのシースルー型OPVの実証実験も始まっている。諏訪東京理科大では、P3HT/PCBMの発電層の上に低温成膜したGZO(ZnO:Ga)透明電極を形成した逆構造のシースルー型OPVを開発した。すでに屋内、屋外での実証実験を開始しているが、シースルー型OPVを設置しても、農作物の収穫量の減少率が1割未満に収まることを確認している。さらに、シースルー型OPVに波長変換機能のある蛍光シートを組み合わせれば、赤色光照射量が増加し、光合成が促進できる。同大では、製造コストを結晶Si太陽電池の半分にできれば、実用化が可能になると考えている。



半導体産業新聞 編集部 記者 松永新吾

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