電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第53回

マイクロ流体デバイスに挑む! 朝日ラバーの挑戦


「接着」でデバイスを差別化

2014/7/11

 「色に困ったら、朝日ラバーに相談すればいい」。自動車や照明業界の設計者やデザイナーがそう喧伝するほど、朝日ラバーはLED業界で名の知れたメーカーだ。蛍光体を混練したシリコーンゴムキャップをLEDパッケージにかぶせて任意の色を実現できる「ASA COLOR LED」は、自動車の内外装や一般照明に多用されており、常時3000種類のカラーバリエーションを揃えている。

 その朝日ラバーが、2014~2016年度を対象とした中期経営計画「V-1」で取り組む新規事業が、マイクロ流体デバイスである。なぜゴムメーカーがマイクロ流体デバイスなのか。その疑問に新規事業開発部長の島村一樹氏はこう答える。「ある解析チップのメーカーから『チップ積層時の【接着】に困っている。朝日ラバーなら何とかならないか』という相談を受けたのがきっかけだ。当時、当社にはDNAチップや流体デバイスに関する知識はまったくなかったが、お渡ししたサンプルの評価が意外なことに、とても高かった」。

「化学結合」が差別化要素に

島村氏(左)と高木氏
島村氏(左)と高木氏
 一般的に、接着技術には(1)分子間力結合、(2)機械的接合(アンカー効果)、(3)化学結合の3つがあるが、朝日ラバーが得意とするのが、もっともマイナーと言える(3)だ。「接着材を手がける企業として当社は後発。(1)(2)にはすでに優れたメーカーが数多く存在する。特徴を出すため、意図的に(3)に絞り込んで、他社にできないことをやろうとした」と、R&Dを担当する子会社、(株)朝日FR研究所の高木和久社長は説明する。

 化学結合技術をビジネスに結びつけるため、接合分野の権威である岩手大学の森邦夫名誉教授の指導を仰ぎ、基礎技術を確立した。その技術とは、接着する素材およびこれに接着するゴム(シリコーンゴム)の接着界面を改質し、共有結合させるというものだ。こうすると、素材が異なる場合でも非常に強い接着が可能になり、そうそう容易には剥がれない。この技術を前述の相談に適用し、高い評価を得たのだ。

 最初に接着の相談を受けた2008年6月以来、同社に寄せられた依頼は延べ50件以上。ユーザーの困りごとに対応してきた結果、ポリカーボネートやPET、COP、アクリルなど様々な樹脂とゴムを化学結合させるレシピを完成させた。「解析チップメーカーの要望にお応えしているうちに、メディカルやバイオ・ライフサイエンス分野が分かるゴム屋になった」と島村氏は自信をのぞかせる。こうした依頼は現在も寄せられており、いよいよ中期経営計画の目玉の1つに取り上げられるところまで実を結んできたのだ。

 マイクロ流体デバイスや各種解析チップの異種材料接合にゴムを使うメリットに、デバイスやチップ自体を変形できる点がある。ゴムの柔軟性を生かせば、試薬が流れるときだけ流路が広がり、流れなければ自動的に流路を閉じることができる。つまり、バルブの機能を構造的にチップ内に採り込むことができるのだ。こうした機能は、単に樹脂やガラスを貼り合わせただけの解析チップでは実現不可能。異種材料を積層させた多層デバイスにゴムを付加することで、細胞(検体)の採取~DNAの抽出~DNAのPCR増幅~試薬との反応~解析といった、本来ならラボ内で個別に行う機能を1デバイス内に統合することが可能になる。「だから当社の接着技術は、μTASやラボ・オン・チップといった、構造が複雑なデバイスに向いている」(高木氏)。

NECらと共同開発進展

マイクロ流体デバイスのサンプル
マイクロ流体デバイスのサンプル
 事業化に向けて走り始めている案件の1つが、NECが開発している「可搬型DNA解析装置」だ。この装置はCEATEC AWARD 2013で準グランプリを獲得した。NECは、2014年度にこの装置を実用化するべく、2012年11月から科学警察研究所と共同評価を実施。実用化されれば、犯人の特定につながる遺伝子情報の解析をラボではなく事件現場で行えるようになり、初動捜査の迅速化や犯罪の抑止につながる。NECは同様の評価をニュージーランド環境科学研究所(ニュージーランド警察の科学捜査を支援する唯一の機関)とも推進中だ。これに使う解析チップを開発しているのが朝日ラバーである。

 NEC以外にも、事業化に至りそうなテーマを数件抱えており、「診断用や再生医療用などのチップで引き合いを得ている」(島村氏)。朝日ラバーでは、こうした案件に対し、接着技術を武器にして共同開発を進め、事業化時にはチップやデバイスの量産を受託して供給するビジネスモデルを描いている。「当社はあくまで黒子でいい。自社ブランドのチップを作るつもりはない。当社の接着技術を評価していただけるパートナーとのオープンイノベーションを志向したい」(高木氏)考えだ。

事業化へ準備着々

5種類の材料を加工し(上)、貼り合わせたサンプルチップ(下)
5種類の材料を加工し(上)、
貼り合わせたサンプルチップ(下)
 すでに設備増強にも動いている。ASA COLOR LEDの主力工場である白河工場(福島県白河市)だ。白河工場には、大きく分けて4つのクリーンルームがあるが、このうち1つをマイクロ流体デバイス専用の組立ラインとして整備中だ。すでに、各種材料の流路部分をカットできるレーザー加工機や、接着しない部分をマスキングする印刷機などを導入済みで、「仕様さえいただければ、所望のチップを素早く試作することも可能」(島村氏)な体制を整えている。

 島村氏が「将来はマイクロ流体デバイスや解析チップ専用の工場を立ち上げられる事業規模にしたい」と言えば、高木氏は「いやいや、私の夢はもっと大きい。再生医療用で1工場、バイオ用で1工場という具合に、分野・用途ごとに専用工場を建てたい」と切り返す。白河工場には、現在と同規模の建屋をあと1棟建設できるスペースがある。マイクロ流体デバイスに賭ける期待は、まだまだ増幅する一方だ。

半導体産業新聞 編集長 津村明宏

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