中国・上海の家電量販店では、「最近売れているテレビの10台に7台はスマートテレビ」(蘇寧電器の店員)なのだという。テレビの価格競争でも日本勢は中国に惨敗しているが、テレビの新しい利用法でもどんどん先を越されてしまっている。
昨年の話で恐縮だが、パナソニックが売り出したスマートテレビのCMが2013年7月に民放各社によって放送を断られたことがある。スマートテレビは電源を入れるとテレビの放送番組とインターネットサイトなどが同時に画面に表示される。これがテレビ関係業界で定めたルールに違反しているからだというのだ。それは当たり前だろう。このルールはまだインターネットがない時代に作られたのだから……。この騒動は結局、パナソニックがテレビCMの放映を諦めることで落ち着いた。
見たい時に、見たい番組を選べる
スマートテレビの人気が上昇中
この事件により、日本の家電業界が抱える根本的な問題が露呈したと思う。日本の家電メーカーは世界市場でのシェア下落を技術開発による新商品投入で挽回したいと考えている。しかし、ネット時代になってテレビ番組のコンテンツ求心力が落ちているテレビ放送業界とはスマートテレビでの利害が相反してしまう。さらには、これがおなじみの縦割り行政でがんじがらめの状態になってしまっている。
スマートテレビだらけのテレビ売り場
上海の家電関係の協会が13年秋に調査したデータによると、1人あたりGDPが1万3500米ドルを超えた上海では、1世帯で2~3台のテレビを保有しているのが当たり前になった。テレビが1台しかない家庭は全体の1割以下しかなかった。上海の生活水準はすでに先進国に近い。しかも、スマートテレビ(インターネットへの接続によりネット動画やオンラインショッピング、ソーシャルネットワークなどの機能も有したテレビ)の保有率が36%にまで上がっていたという。広告費収入の低下を招くからとの理由でスマートテレビが目の敵にされてしまう日本とは大違いだ。
上海ではスマートテレビを購入したい消費者が日本では考えられないほど多い。したがって、メーカー側も消費者目線でスマートテレビをどんどん市場に供給しようと値下げ競争が始まっている。
テレビ製造大手のチャンホン(長虹電器)にいたっては、14年から販売するテレビはスマートテレビに限定したいと言い出しているくらいだ。上海のテレビ売り場では13年初めごろはまだ、スマートテレビの販売は全テレビ販売の30%ほどだった。それが今では70%を超えた。
レノボやシャオミーなど参入続々
中国のスマートテレビ市場のシェア(13年10~12月)をみると、サムスンが30%で首位。LGは4位で12%のシェアに食い込んでいる。LEDテレビでは国産ブランドが市場を寡占化しているが、新製品のスマートテレビでは韓国企業が健闘している。日本勢はシャープが7%、パナソニックは1%と思ったとおり出遅れている。
中国ブランドでは2位のTCLと3位のハイセンスや、コンカ、スカイワース、ハイアール、チャンホンなどの6大テレビメーカーが市場全体の約30%を占有。これに韓国勢の40%、日本勢の10%弱が競合する構図となっている。
しかし、よく見ると、これらを足しても80%にしかならない。それでは、残り20%のシェア分はいったい誰なのか? 実はここに中国のスマート家電やネット企業などの新興勢力が続々と乗り込んできているのだ。
パソコンからスマートフォン(スマホ)やタブレット端末、スマートテレビに事業を拡げたレノボ、スマホベンチャーで有名になったシャオミーなどのスマート端末企業がこの代表例だ。シャオミーのレイ・ジュン(雷軍)CEOは以前から、「スマホはテレビのリモコン、テレビはスマホの外部ディスプレー」と語って、ずっと前からスマートテレビの販売を計画していた。
楽視TV参入でバトルロイヤル幕開け
中国のスマートテレビの競争が激化したのは、13年夏に楽視TVが60型(約10万円)と40型(約3万円)の激安スマートテレビを発売したのがきっかけだった。楽視TVは自社のインターネットサイト「楽視TV(Le-TV)」でテレビドラマや映画などの映像コンテンツを会員向けに供給しているネット動画会社だ。EMS(電子機器の受託製造)のフォックスコンに生産を委託し、自社の動画サイトでスマートテレビを売り出した。半年前まで無名だったテレビブランドが、13年末にはシェア4%にまで成長した。
中国では、もともと自分が見たいテレビ番組を録画しておいて後で見るという習慣はなく、ビデオやDVDのレンタル店も皆無といった状況だ。だから、見たいドラマがあれば再放送を探して見るか、新作映画を見たければ不正コピーされたDVDで見る人が多かった。これが今ではネット動画サイトで見るのが当たり前になった。レンタルビデオなどで過去の映像コンテンツの流通経路が確立されていた日本とは違い、むしろ映像コンテンツの視聴が不便だったからこそ、中国でネット動画配信サイトが一気に花開いたのだろう。
楽視TVの映像コンテンツメニュー(一部)
※同社HPより
だからと言って、これらの大手動画配信サイトが不正コンテンツを垂れ流しているわけではない。楽視テレビの場合、ドラマや映画の版権を買ったり、ドラマの製作会社を買収して自社でテレビドラマやバラエティー番組まで撮影したりして、映像コンテンツを配信している。
ネット企業と手を組むテレビメーカー
楽視TVの参入後、テレビメーカーとネット企業がスマートテレビ事業で提携するケースが相次いでいる。ネット動画大手の「アイチーイー(愛奇芸)」とTCLは共同で、スマートテレビ(48型で5万円強)の販売を始めた。アイチーイーは中国の検索サイト最大手の「百度」傘下の動画配信企業だ。TCLはグループ内の8.5Gパネル工場でテレビ用液晶パネルを内製化している。
中国最大手のネット企業のアリババは、スカイワースと提携して「酷開TV」(55型で約10万円、42型で3万円強)を発売した。また、ネット動画配信のCNTVはコンカと提携し、「未来TV」(55型で10万円、4K対応)を発売。スカイワースはさらに今度はライバル企業が組んでいたCNTVと提携プランを並行する始末だ。スマートテレビの次期覇権を巡り、テレビメーカーとスマート端末メーカー、ネット企業が激しく合従連衡を繰り広げている。新しい情報では、中国ネット大手のテンセント(騰訊控股)(チャットの「QQ」やソーシャルネットワーキングの「微信」(WeChat、ユーザー数は6億人)も、テレビメーカーと提携してスマートテレビに参入を狙っている。
アリババ主導でファブレスもグループ化
中国のスマートテレビに使われているアプリケーションプロセッサー(AP)と呼ばれるチップ(CPUとグラフィック処理のGPUをワンチップ化)は当初、メディアテック(MTK)やリアルテックなどの海外製が強かった。しかし、最近になってスマホ用APの国産化が進んだおかげでハイシリコン(海思半導体)やオールウィナー(全志科技)などのAPの利用が増えている。アリババはスカイワースとの提携で開発した「酷開TV」にオールウィナーのAP「A31」を採用しているもようだ。「A31」はTSMCに40nmで生産委託されており、14年はこれが28nm化される見通しだ。
アリババはテレビメーカーとチップメーカー、動画配信サイトまで手を回して、スマートテレビの覇権を虎視眈々と狙っている。アリババは中国最大のネットショッピングサイト「タオバオ(淘宝)」を傘下に持ち、お茶の間のスマートテレビからネットショッピング顧客を囲い込もうという算段だ。アマゾンが格安のタブレット端末「キンドルファイアー」を売り出した時の戦略を思い出す人も多いだろう。
技術的に進んだ日本よりも、新しい技術やサービスを貪欲に呑み込もうとする中国の方が新しいテレビの市場を先に形成していくだろう。どちらの国の方が資本主義的なのかは考えるまでもない。
半導体産業新聞 上海支局長 黒政典善