新型コロナウイルス、サプライチェーンに打撃
組立など下流で影響大、半導体は装置導入困難に
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中国・武漢を震源地とする新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が、製造業全体のサプライチェーンに大きな打撃を与えている。感染者数は依然として増加の一途を辿っており、終息のめども立っていない状況で、経済活動にも深刻なダメージを与えそうだ。エレクトロニクス分野におけるサプライチェーンでは、半導体・FPDといった上流に位置するデバイスよりも、より多くの人手を介する最終製品の組立分野への影響が大きくなるとみられている。
2002~03年にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)と比較して、大きく異なるのが現在のエレクトロニクス産業における中国の存在感だ。一大消費国としてだけでなく、製造拠点としてサプライチェーンを構成する重要なピースとなっている。調査会社Infoma Tech(旧IHS Markit Technology)によれば、世界のエレクトロニクス機器の生産において、中国での生産額は実に44%を占めているという。主な電子機器ではノートPCが9割、携帯電話や白物家電が7割以上、テレビが約4割を中国生産に依存している。
半導体・FPD・電子部品需要で最も大きなウエートを占めるスマートフォン(スマホ)の最終組立工程では、台湾フォックスコンをはじめとする台湾系EMS企業の主力工場が中国各地に広がっている。
こうしたEMS工場にスマホ顧客は生産の多くを依存しており、米アップルの場合はiPhoneのおよそ9割の生産を中国国内に依存している。例年、旧正月明けの中国国内のEMS工場は、休暇前に比べて従業員の復職率が下がる傾向にあるが、新型コロナウイルスの感染が広がった今回は2~3割にとどまっているとみられている。
iPhoneの主力組立工場の1つであるフォックスコンの河南省鄭州市の製造拠点は、2月10日の稼働再開が先送りとなったもようだ。アップルにとって、旧正月明けから廉価モデル新機種「iPhone SE2」の生産開始を計画していただけに、今後の新機種投入時期に狂いが生じていると推定される。
仮に、EMS工場が通常操業に戻ったとしても、部品調達時にボトルネックとなるデバイスが出てくることも容易に想像される。特に市場で存在感を増している中国現地のFPDメーカーの操業度も低下していることから、サプライチェーンが正常化するには相応の時間を要しそうだ。
半導体分野に関しては、前工程生産では自動化が進んでいることから、EMS工場のように極端に操業度が低下する事態にはなっていない。しかし、生産に必要なプロセス材料や装置用パーツがボトルネックになる可能性が指摘される。特に内陸部に立地する半導体工場については、沿岸部からの陸送が主体となっていることから、トラックを中心とする物流面が大きなカギを握りそうだ。
操業面では不測の事態には発展していないものの、新規装置の導入スケジュールは大きな見直しを迫られている。通常、新規装置の立ち上げ時には装置メーカーの立ち上げチームがスタートアップに携わるが、帰国命令が出たことで、これが頓挫している。一部納入済みの装置については現地スタッフで対応するなどの措置が取られており、いまだ混乱が続いている。
今後予想されるのが、中国国外での代替生産だ。EMS分野では台湾やインドのアジア各国でのリカバリーが検討されているが、生産キャパシティーは中国工場と大きな開きがあり、生産数量の確保に課題が残る。半導体工場においても設備投資先の変更(仕向地の変更)なども検討が進んでいる。韓国サムスン電子は西安工場で第2棟(X2)の新規設備導入を進めていたが、当初の月産6万枚強の導入計画に対して現状2万枚程度の導入分で中断されている。今後、西安で見込んでいた計画を韓国国内の工場で行う可能性もありそうだ。
同時に今後懸念されるのが、消費の冷え込みだ。感染拡大がピークアウトしない限り、消費者の心理は上向かない可能性が高く、少なくとも20年上期はエレクトロニクス産業全般で厳しい局面が続くことが予想される。
【現地記者が緊急報告】新型肺炎で混乱する中国エレクトロニクス工場の最新状況
■EMSはガタガタ、半導体・FPDは稼働するが資材不足で減産
新型コロナウイルスによる肺炎(COVID-19)の感染拡大を受け、世界中にエレクトロニクス製品を供給している中国の製造現場が大きく混乱している。騒動は春節(旧正月)期間の延長という異例の事態にまで発展した。中国各地で2月10日から旧正月明けの企業活動が再開したが、従業員や生産資材の不足から、業界によっては通常の50%しか生産ラインを稼働できないでいる(各工場の状況については表を参照)。
都市封鎖や交通制限は、感染の震源地となった湖北省から安徽省や江蘇省、浙江省などへ広がり、人や資材の往来が分断された状態が続く。中国政府は2月11日、新型肺炎への対応と並行して経済活動を正常な運営に戻すように関係各部門に指示し、停滞している生産活動や物流にテコ入れする号令をかけた。
しかし、EMS(エレクトロニクス製品の受託製造)や電子部品などの工場、これらに部材を供給しているメーカーの製造現場からは、「生産に必要な材料のストックがあと1~2週間で足りなくなる」、「材料を出荷したいが、物流が止まっていて出荷できない」などの声が伝わってくる。生産ラインを止めると莫大なロスが発生する半導体工場などでは、地元政府のコネを使って政府認可の物流トラックを確保し、他都市にある材料メーカーの工場まで自ら必要資材を受け取りに行くなど自衛手段に出ている。
「人材と資材不足の状況は2~3月までかかる長期戦になる」(中国の半導体工場の関係者)ものとみられ、中国工場の減産状況がいつまで長引くかは、中国政府の物流対応策にかかっている。また、感染回避のために日本人駐在員を一時的に帰国させる企業も増えており、現地では経営の早期正常化とリスク対策という相反する問題が起きている。
■スマホのサプライチェーンは寸断
スマホを製造するEMS工場は、旧正月で帰省した従業員の多くが他省から越境して工場に戻ってくることができず、従来規模で生産を再開できないでいる。旧正月後の操業再開には、地元の政府関係部門の厳しい審査や従業員の隔離期間(省外14日、市外7日)が必要で、旧正月後の約1週間は生産が完全に止まった。EMS大手のコンパル(仁宝電脳工業)やインベンテック(英業達)、ペガトロン(和碩聯合)はなんとか2月10日から操業再開したが、稼働率は例年では考えられないくらい低かった。
なかでも工場再開で最も手間取ったのが、ホンハイ(鴻海精密工業)だ。iPhoneを生産する河南省鄭州市や江蘇省昆山市の工場を2月10日に再開できなかった。その後、鄭州工場は再開認可を取得し、段階的に生産を始めると報じられた(2月12日時点)。
しかし、2月13日時点では廉価版iPhoneの「SE2」を生産する昆山工場の再開認可が下りておらず、「4月に発売予定とみられる「SE2」の出荷計画が混乱する可能性が高い」(スマホ業界アナリスト)。ホンハイの中国工場の生産能力は、「2月末に通常の50%、3月中に80%までしか戻らない」(中国の証券アナリスト)と厳しい状況が続く。
スマホだけでなく、スマホ用部品の供給にも問題は広がっている。米国政府のファーウェイ(華為技術)制裁によって、米国の電子部品が入らなくなると中国スマホは生産できなくなるような印象を持った人が多いが、実際は一部のメモリーやCMOSイメージセンサー(CIS)、RFアンプ、WiFi-IC、アクチュエーターなど以外の電子部品は中国企業が国産化している。指紋センサーやカメラモジュール、マイクモジュール、レンズ、アンテナ、リチウムイオン電池(LiB)、液晶パネル(LCD)などは中国で中国企業が大量生産している。
これらの工場の大半が「EMS工場と大なり小なり似たような状況にあり、人材や資材不足で十分な生産活動ができないでいる」(カメラモジュール企業)。スマホの生産停滞の問題はもはやEMS企業だけでなく、サプライチェーン全体にまで発展している。
その結果、20年1~3月期のスマホ出荷台数は、当初の予測よりも20%ほど落ち込む可能性が高い。ファーウェイは15%引き下げ、出荷見通しを4250万台に下方修正した。アップルは10%引き下げ(4100万台)、シャオミー(小米科技)も10%引き下げ(2470万台)、OPPOは14%引き下げ(2400万台)、vivoは15%引き下げ(1700万台)」(スマホ業界のアナリスト)に落ち込む見通しだ。この混乱はすぐには解決できず、従来予測よりも30%マイナスになるという厳しい見方も出始めている。
■半導体とFPD工場は高稼働だが、装置導入がストップ
EMS工場は自動化工程が増えたとはいえ、今も人手に頼ってスマホやPCなどを生産している。それに比べると、先端半導体や液晶パネルの工場内はほぼ自動化ラインになっていて、工場内の作業員の数は極めて少ない。クリーンルーム内にいる作業員は装置を操作してモノを作っているというよりは、製造装置が滞りなく稼働しているかを見張っているというイメージに近い。
また、半導体回路を形成する工程では、基板材料となるシリコンウエハーを投入してから数日から2週間ほどかかる場合もあり、生産途中で工場を止めるわけにはいかない。そのため、中国初の国産NANDフラッシュを製造している長江ストレージ(YMTC、長江存儲科技)は武漢市に工場があるが、旧正月中も生産ラインを稼働し続けていた。ただし、「戻ってきた従業員が例年より少なく、作業員は工場に泊まり込みで生産ラインを稼働させていた」(材料メーカーの中国人営業スタッフ)。
「DRAM製造のチャンシン(CXMT、長シン存儲科技、合肥市)やファンドリーのSMIC(中芯国際集成電路制造、上海市)も同様に旧正月中も稼働を続けた」(日系装置メーカーの中国駐在員)。クリスマスシーズン後はエレクトロニクス製造の閑散期になるため、一部の半導体工場は旧正月期間だけは休業していたが、その後すぐに再稼働した。このあたりの事情は、人海戦術でモノ作りしているEMS業界とはだいぶ異なる。
半導体の組立・検査を受託するOSAT業界でも、大手は旧正月後すみやかに生産再開した。「中小規模も含めて中国の半導体パッケージ工場160社にヒアリングしたところ、約70%が稼働再開していた」(日系材料メーカーの中国駐在員)。ただし、「旧正月中に帰省したワーカーが工場に戻って来られず、稼働率は通常時よりも2~3割低い状況だった」(日系装置メーカーの中国駐在員)。
中国3大OSATのJCET(長電科技、工場は江蘇省江陰市など)やトンフー(通富微電子、江蘇省南通市、合肥市など)、ホワティエン(華天科技、甘粛省天水市や陝西省西安市、昆山市など)の組立工場は江蘇省や安徽省に多い。武漢市と工業ベルト地帯を形成しているこれらの地域では稼働率が相対的に低く、「湖北省から遠いホワティエンの天水工場や西安工場の稼働率が高かった」(日系装置メーカーの中国駐在員)。
あまり人手を必要としない半導体やFPD(液晶パネルや有機ELパネル)工場は旧正月後すぐに生産を再開したが、生産ラインの増強計画は止まっている。東京エレクトロンやSCREENなどの大手装置メーカーは、中国全国で2月中の装置立ち上げを中止した。「武漢市のYMTC(1~3月期搬入予定の月産能力1万枚)やBOE(10.5G液晶パネル製造、19年末から搬入の月産能力3万枚)では製造装置の立ち上げ再開のめどが立っていない」(日系の大手装置メーカーの中国駐在員)。
装置導入の遅延により、今営業している装置の入札が数カ月近く遅れる心配も出ている。3大OSAT向けにモールド装置を供給しているTOWAは3月に中国への出荷予定があるが、事態の進展を見ながら最終判断することにしている。半導体やFPD工場は減産しながらも稼働を継続しているが、製造装置の搬入は大きく遅れる可能性が高く、今後は日本の製造装置メーカーの業績への影響が懸念される。
■物流確保(高速道路の封鎖とドライバー不足)がネック
中国の半導体メーカーのある幹部は「今の状況が長く続くと工場の減産をせざるを得なくなる」と不安を滲ませる。地方帰省から戻ってきた従業員の14日隔離が終わる2月下旬から従業員不足の問題は徐々に解消されるが、時間が経てばウエハーや製造工程で使われるフォトレジストなどの在庫が不足し始めるからだ。
中国の高速道路はずっと開通しているが、湖北省や安徽省、江蘇省、浙江省などでは交通規制で他の省や都市から来たトラックは高速道路のゲートを下りられなくなっている。そのために材料メーカーの工場や倉庫には、「出荷したくても出せない在庫が溜まり、客先に出荷できないでいる」(日系の材料企業の中国工場)。
また、長距離輸送手段は地方政府の管理下(認可が必要)にあるため、ほとんどの物流企業が認可を受けたトラックを確保できないでいる」(中国に進出した日系物流大手)。中国政府は長距離の交通や物流を制限して感染拡大を封じ込めようと必死だが、その影響で生産活動に必要な物資が滞る弊害が起きている。
こうした事態に対して、中国の国務院(国会に相当)は操業再開の審査制度を導入している地方政府に対して改善命令を出した。また、国家発展改革委員会は、「経済や社会の安定のためにすべての企業が早期に経営活動を正常化させることが重要」、「習近平国家主席も感染が深刻な地域以外では工場の操業再開を支持する方針を示している」と発表した(2月11日)。
帰省先から労働者が大量移動すると感染拡大のリスクが高まるが、工場生産を再開しなければ経済や社会秩序を維持することが難しくなる。矛盾するこの問題に対して中国政府は工場再開を支持する姿勢を明確にしたので、今後は高速道路のゲート封鎖問題も改善が進むものと期待される。
しかし、それでも問題として残るのが「トラック運転手の長距離移動後の14日隔離ルール」だ。現行規定では、運転手は配送して戻るたびに14日間また出勤できなくなってしまう。トラックを大量に用意してゲートを開いても、ドライバーが足りなくて物を十分に運ぶことができない。日系材料メーカーの駐在員は、「ドライバー不足でいつも使っている物流業者が荷物を取りに来れないでいる」と話す。
窮地に立たされた半導体工場は背に腹は変えられないと、地元政府のコネを使って越境運送が可能なトラックを特別に手当てしてもらい、自前で材料工場に必要な資材を取りに行って対処している。ウイルス拡大の防止のために必要な隔離措置が生産活動の最大のネックとなっており、一部で指摘されているようにウイルスの潜伏期間が最大で24日ある場合、これはさらに深刻な問題に発展する可能性がある。
また、日本の外務省は2月13日に中国の在留日本人に向けて早期の一時帰国や、中国への渡航延期を至急検討するよう求めるスポット情報を発表した。これにより日本企業の多くが、日本人駐在員の全員、もしくは半数近くを一時的に帰国させることを決め始めた。流動的な事態はまだしばらく続きそうなので、中国のエレクトロニクス製造が通常の状態に復帰できる時期がいつなのかは、まだ当分見通すことができないだろう。
電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善
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