電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第1回

ハイブリッドICとECLの時代


~半導体製品の変化の速さははんぱじゃない!!

2012/10/12

著者近影
著者近影
 先日、半導体産業新聞を発刊している産業タイムズ社社長の泉谷渉氏と話をしていたら、「ハイブリッド」という言葉が話題になりました。トランジスタ、抵抗器、ICチップをセラミックの基板に載せた厚膜ICをハイブリッドICと我々の世代は呼んでいましたが、現在の記者はこれを基板の一種とする、とのお話でありました。

 小生の知る最初のハイブリッドは、真空管とトランジスタのハイブリッドでした。現在のKENWOOD社が、トリオと称していた時代に、アマチュア無線用の送信機やトランシーバーもあったと記憶していますが、電力の大きい終段とその前段は真空管、マイク・アンプや受信回路のような小信号の部分はトランジスタで作ったセットを販売していて、この組み合わせをハイブリッドとしていたのです。

 このトリオの無線機はシリーズで、組立キットもありました。このキットを購入して組み立てても、なかなか上手くは動作してくれません。また、キットですから、色々と改造して、性能アップ面にもチャレンジする良い材料でした。
 現在、アマチュア無線が年寄りの趣味になりつつあり、学生の理科離れが進むのも、学生時代にキットを自分で組み立てて、失敗して学び、上手く動作して喜ぶ、といった経験を積む機会がないからではないでしょうか?

 持論では、アマチュア無線の機器は、完成品の販売を禁止したらアマチュアの層が広がると考えています。今のアマチュアのリグのように、PLLシンセサイザー、高度にIC化したリグでは勉強になりませんし、作る楽しみ、改造する楽しみを経験する機会もありません。

 これは技術者、研究者の共通のことと考えていますが、基礎なしにまともな応用ができるはずがありません。九九ができなくて代数ができる訳がないし、オームの法則を知らなくて位相回路の設計ができる訳がないのです。
 電子工業界が弱まってきているのは、あまりに高度化してしまって、技術者が基礎や装置を動作させた楽しみを経験する機会まで奪ってしまって、学ぶチャンスや意欲をなくしている故ではないのでしょうか?

 実際、オームの法則は知っていても、交流版のキルヒホッフの計算やCRの半値幅を知らない電子技術者と称する人達がいて、驚かされることがあります。少なくともCR回路で放電時に、元の電圧の10分の1に電圧がなるのに必要な時間、数字はあっさり計算してほしいものですが、貴殿はできますかな?

 ところで何故ここで、CR放電の時間の話をしたのでしょうか? 実は昔はこれがロジックICの泣き所で、このために各種のロジックICが作られていた時代があった話をしたいからです。

 まず皆様もご存じのはずのECLというロジックICがあります。現在でも周波数の高い信号の入出力回路にECLレベルは使われています。なぜ使われているのかと言えば、振幅が小さいからと、同軸ケーブルの50オームに直接インターフェースできるからです。
 Hが-0.9V以上、Lが-1.8V以下、と振幅が約1Vしかないロジックです。パルスが配線の浮遊容量の影響を受けてHからLへ、また、LからHへ遷移する時間は10%<->90%の信号の移動時間だから(CR回路で10分の1の意味はここにあります)、この遷移幅が小さければ、同じ波形の電圧/時間の変化率でも高速素子として使うことができます。ロジックの回路を扱うハードのエンジニアであればラプラス変換ができれば理想ですが、最低でも、CRのとき定数の計算は身につけておいてほしいです。それも、T=0.7CRだけでなく、T=2.3CRもです(これが10分の1になる時定数の式です)。

 ところでHNILというロジックICのシリーズをご存じでしょうか? High Noise Immunity Logicの頭文字を取って、HNILです。ハイニールと呼んでいました。このロジックはHとLの電圧差が大きく、確か15V電源で、Hは8V以上、Lは1.6V以下とかでした。+/-15VのOPAMPのプラス側の電源をそのまま使い、アナログスイッチのコントロールには便利でした。

 ロジックICの黎明期には、RTLもあり、TTLも、74XXではない物がありました。モトローラのMTL、シーメンスのSTL、どれも74シリーズによりなくなっています。もっとも、74Lxxや74Hxxもなくなっていますし、ずっと後で出てきた74Fxxもありません。
 この半導体製品の変化の速さは、はんぱじゃないんです。
 そして今やバッファや一部のゲートを省き、FPGAに汎用ロジックは駆逐され、近いうちに汎用ロジックという言葉は、ハイブリッドICと同じく現在の技術者には知られない言葉になるのでしょうか。

 小生は昔の技術者ですから、言葉と同時に失われてゆくノウハウ、設計者の心、基礎を大事に身に付ける習慣まで失われていくのを嘆いています。

 ハイブリッドとは「異なる物の組み合わせ」という意味ですが、組み合わせるには各々の規格、技術といった性質の詳細、長所と短所を知らなければなりません。基礎と同時に幅広い知識を持った技術者を育成する必要性を感じています。そして実際の材料となるキットの不足を感じるこの頃です。
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