電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第206回

地震国にファブを持つということ


ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリングに見る「備えあれば憂いなし」

2017/7/14

 東日本大震災と熊本地震の2大震災に見舞われたルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング(株)。大手半導体メーカーとして、たとえ震災下でも、顧客への供給責任は果たさなければならない。地震国である日本において、半導体ファブを持つということ。その覚悟と対策を、同社の震災経験を通じて探ってみる。そこからは当たり前の言葉である「備えあれば憂いなし」が、新たな重みを持って伝わってくる。

東日本大震災からの教訓

 2011年3月11日午後2時46分、ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリングの本社工場である那珂工場(茨城県ひたちなか市)を地震が襲った。第1波は宮城県沖から。建屋は振動加速度にして922ガル、マグニチュード(M)9.0の衝撃を受けた。

 このとき、クリーンルームに大きな損傷は見当たらなかった。第1波から30分後、今度は茨城県沖から第2波が襲った。建屋は430ガル、M7.7の追加衝撃を受けた。再度、クリーンルームを点検したとき、そこにはインフラ系で甚大な被害が起きていた。地震の揺れによる建屋損傷は、余震を含め、揺れが複合化することで、その規模を増すようである。

1.被害状況
 クリーンルームは吊り天井のため、揺れで天井が壁にぶつかり、外壁を大きく損傷した。クリーンルーム内から夜空が見える状態で、外気の侵入に伴い、クリーン機能も喪失した。電力ケーブルラックの落下、水処理・排気系など、クリーンルームおよび周辺インフラ系を中心に被害は甚大であった。

 また、製造装置は11mm以上の位置ズレを起こしたものが、全体の18%に達した。完全修復に15日以上の時間が必要となった。装置に搭載する部材もダメージを受けた。縦型拡散炉に内蔵される石英管は、地震の揺れで大きく動き、破損した。

 ただ、阪神淡路大震災や新潟県中越沖地震の教訓から、従業員の安全を確保できたこと、ケミカル工場とも称される半導体ファブにおいてガスや薬液の漏洩・汚染が皆無だったことは、不幸中の幸いであった。

川尻工場:クリーンルームの損傷は無く、被害はほぼ想定内(左)、那珂工場:クリーンルームが破損するなど大きな被害が発生
川尻工場:クリーンルームの損傷は無く、被害はほぼ想定内(左)、
那珂工場:クリーンルームが破損するなど大きな被害が発生

2.復旧に向けて
 当初の復旧計画は、クリーンルームとインフラ系の修理からスタートし、その後に生産設備を修復。そして、試験生産と品質検査をクリアしたうえで、本格量産を再開するというもの。総計5カ月以上の復旧計画であった。

 しかし、5カ月間以上もの生産停止では供給責任が果たせず、顧客に迷惑をかける。そこで那珂工場近くから土浦エリアに至るまでの全ビジネスホテルを借り切り、1日あたりの最大修復員数2500人を配備。1日24時間&週7日体制で取り組んだ。その結果、当初計画を3カ月前倒しする、6月初頭からの量産再開を実現させた。

3.国内工場の耐震強化を指示
 地震の国に半導体ファブを持つということは、震災の直撃を受ける可能性を覚悟すること。その覚悟の上に、顧客への供給責任が立脚する。
 今後、震度6の地震発生を想定し、クリーンルームとインフラ系は7日以内、生産装置の修復は短縮し、30日以内には生産を再開し、60日以内のフル再稼働を顧客に約束した。

 この約束を実行するために、同社は国内に保有する前工程ライン7工場、後工程ライン3工場に耐震強化を指示。壊れにくく、直しやすい、ファブの体質改善に向けて動いた。

 まず、クリーンルームは揺れを抑制するため、制震ダンパーを有効利用して天井を補強。電力ケーブルラックには落下防止対策を施した。排気・水処理系ダクトは金具による補強を徹底させた。

 生産装置の位置ズレに対しては、必ず固定すること。ストッカーに入っている仕掛りのウエハーやマスクも固定が必須である。また同時に、補強の手法が確実か否か、加振実験も行う必要がある。

 同じ建屋でも、上層階はより注意しなければならない。階下で振動加速度が922ガルであっても、上層階では1400ガルに跳ね上がる。レンズのズレやステージの損傷が大敵となるリソグラフィー装置は、やはり階下に設置すべきである。

 また、半導体ファブでは、ライン管理や歩留まり確保、装置故障予兆の観点から、製造管理システム(MES:Manufacturing Execution System)を導入している。プロセス処理データの収集・分析を担うサーバーは、転倒回避の視点から、これも階下に設置した方がベストである。そして、すべてに免振台を施すことを奨励した。

 そのほか、ソフト面で、部材調達のマルチサプライヤー化の確立。あるいはリスクマネジメントの視点から、事前に(顧客ごとの)必要な在庫量も掌握しておく必要がある。

熊本地震が川尻工場を直撃

 同社が配備した国内前工程ラインの1つに川尻工場がある。立地場所は熊本市南区八幡。16年4月14日、この川尻工場を熊本地震が襲った。前震339ガル、16日に本震882ガルが直撃した。

 本社から指示された耐震強化完了後の熊本地震で、クリーンルームの損傷は皆無。一部、AGV(無人搬送車)の転倒などが見られたが、これは想定内。想定外だったのは、冷却水や純水の水漏れが発生していたこと。那珂工場では起きなかった被害だが、建屋の構造やプラントの施工の違いなどに起因するものと推定された。巨大な破壊力を持つ地震に対し、すべてを満足させることは不可能である。

 しかし、耐震強化は同社にとって、まさに「備えあれば憂いなし」であった。地震発生から生産再開までを追うと、14日の前震後、翌15日にクリーンルームを調査。その後、16日に本震が襲い、17日に再調査を余儀なくされた。

 前震と本震を受けて、3日後の20日に修復プランを作成。22日には一部生産を再開し、23日には震災後、初の出荷を達成した。そして、約1カ月後の5月22日には、フル生産再稼働に持ち込んだ。東日本震災後に、同社が顧客に公開し約束した、地震時の生産再開スケジュールを完全履行した。

 最後に、川尻工場長/佐竹和也氏の言葉を紹介しておきたい。
「熊本県は大規模地震の発生頻度が非常に小さい。そんな県下にある川尻工場への地震強化対策は、コスト負担が釣り合わないと思う。しかし、いま振り返り、(地震強化対策を施して)心底よかったと感じている」

謝辞

宮本佳幸氏
宮本佳幸氏
 本稿は日本真空工業会主催の記念講演会において、ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング(株)代表取締役社長 宮本佳幸氏の講演「東日本大震災の教訓と熊本地震(川尻工場)」をベースに記しました。
 聴講の機会をご提供いただいた日本真空工業会、写真などをご提供いただいたルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリングの方々に感謝の意を表します。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 松下晋司

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