電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第548回

自動車業界、変革期の真っ只中


各レイヤーで電子デバイスの競争軸が変化

2024/4/12

 筆者がこの新潮流の中で、自動車メーカー各社が「100年に一度の大変革期」と警笛を鳴らす状況を迎えていることをテーマに執筆させていただいた2020年5月からちょうど丸4年。足元の状況をみれば、まさにそれが現実となってきた。

 それを象徴するかのように24年3月には、ついに日本大手自動車メーカービッグ3の一角を担う日産自動車と本田技研工業(ホンダ)が、自動車の電動化・知能化に向けた戦略的パートナーシップの検討を開始する覚書(MOU)を締結。そしてEV(電気自動車)の主戦場となっている中国では、ビジネスの常識を覆すEVの低価格化が進むレッドオーシャン化の様相を呈し、自動車業界にしがらみのない新たな発想でEV市場を先導する米テスラや中国BYDなどのグループによる技術進化は桁外れのスピード感で進む。ついにスマートフォンメーカーの中国シャオミー(小米科技)も、24年3月後半から同社初のEV「SU7」販売に乗り出した。

新興EV勢の台頭で自動車業界は激動
新興EV勢の台頭で
自動車業界は激動
 こうした激動の自動車業界にあって、自動車の価値や競争ゾーンが大きくチェンジしようとしている。

生き残りをかけた勝負へ

 自動車業界を大きく震撼させている最大の要因は、やはり中国EVの存在だろう。それは、EV市場の約6割を占める市場としての存在感、世界の中で「自動車強国」実現を目指す政府主導の東南アジアなどを巻き込んだ国際戦略(ここではファーウェイの社会インフラを含めた総合力も発揮されている)、22年末の補助金終了に端を発する収益性度外視の値下げ競争、気が付けば電動車や自動運転に向けたテクノロジードライバーにまで至りつつあるという複数の側面からだ。中国政府は24年に入り、すべての新車販売に占めるEVを含むNEV(新エネルギー車)の比率を27年までに45%へ高めていく目標も打ち出しており、当初は35年に50%目標だったところからかなり強気な軌道修正も図っている。

 マクロ的な観点で見れば、足元ではEVの減速に伴うHV、PHEVへの揺り戻しが顕著になってはいる。ただし、取材時に各社にヒアリングしてみると、カーボンニュートラル社会の実現においては長期的にはxEVへ向かう方向性は確実だろうという見方でおおむね一致している。揺り戻しが来ている分、こうした中国勢や米テスラなどの新興勢力に立ち向かう対策を講じる時間的猶予が少し得られたとみることもできるが、いずれにしてものんびりしている余裕はないことは確かだ。

日産とホンダがMOUを締結(左から日産の内田社長、ホンダの三部社長)
日産とホンダがMOUを締結
(左から日産の内田社長、ホンダの三部社長)
 こうした中、前述のとおり、24年3月15日に日産とホンダは、従来とはスピード感、ビジネスモデルが違うという共通認識のもと、2030年も自動車業界のトップランナーであり続けるためにMOUを締結。電動化、知能化の領域では台数増によるコスト低減効果(スケールメリット)や、開発品を含めた投下資本の効率化・最大化が図れるとみて、このMOUを契機に、ワーキンググループを通じたスピード重視の議論・実行が始まっていく。

 トヨタ自動車はすでにマツダ、スバル、スズキ、ダイハツ、いすゞ自動車、日野自動車などと電動化を巡り、なんらかの形での提携関係にあり、必然か偶然か、日本の自動車業界では、トヨタ陣営と日産・ホンダ陣営という構図が生まれつつあるとみる関係者もいる。日本にとどまらず自動車業界は、新興勢の台頭により今後、こうした新陳代謝がより活発化してくる可能性がある。

 こうした流れは自動車メーカーのみにとどまらない。23年11月にはティア1大手の減速機をお家芸とする独シェフラーが、eAxleなどで強みを持つ独ヴィテスコ・テクノロジーズ(ルーツは独コンチネンタルのパワートレイン部門)にTOB(株式公開買付)を開始し、24年内に吸収合併していく方向性であることが明らかになった。また、独ZFは自動車業界の時流をみて、24年1月からカーシャーシ技術部門とアクティブセーフティシステム部門を統合して新たにシャーシソリューション部門を新設した一方、パッシブセーフティシステム部門はカーブアウトし、新会社名「ZF LIFETEC(ライフテック)」として始動していく方向性を示唆している。独コンチネンタルも23年12月開催の「Capital Market Day 2023」で、オートモーティブグループセクターからのユーザーエクスペリエンス事業分野の組織的な独立、コンチテックグループセクターから車載ビジネスを構成するOEソリューション(OESL)事業分野を25年に完全独立する予定であることなどを公表した。

 大手ティア1メーカーも生き残りをかけて、模索しつつもスピード感をもった戦略転換の最中にいる。日本でもニデックが、23年4月時点では機電一体のE-Axle、車載用モーターを筆頭とする車載事業で「2023年は反転攻勢の元年にしていく」と明言していた状況から一転、23年10月には収益重視へと大きく方針転換を図るに至った。中国を中心とする規模追求から、15%の利益が確約される優良顧客に焦点を絞った収益重視へと舵を切ったのだ。ニデックの永守重信会長も、「50年間会社経営をしているが、競争相手も当社もお客様も皆赤字。こんな事業は初めてだ」と断言するほど、中国EVは世界の自動車業界の常識を一変させていることが伝わってくる。

快適性で登場人物に変化の波

デモ披露されたパナソニックオートモーティブシステムズ製「IVIシステム」(北米のトヨタ製Lexus NX向け)
デモ披露されたパナソニック
オートモーティブシステムズ製「IVIシステム」
(北米のトヨタ製Lexus NX向け)
 一方、24年3月にまったく別の角度の、パナソニックオートモーティブシステムズのIVI(インフォテインメントシステムズ事業部)事業説明会に参加する機会があった。詳細は割愛するが、そこではトヨタ製Lexus NX向けIVIシステム(北米向け)も拝見。OTA(Over the Air)で情報が瞬時に更新され、スマホ、車両情報、人のセンシング情報まですべてがリアルタイムで紐づいていく。

 SDVにより、クルマの価値の主軸は、移動手段から「人」を中心とする「快適性」へと急激にシフトし、そこで必要とされるものは、快適性に精通した民生や家電のような異業種の知見や新たな提案であることを実感した。それはつまり、自動車メーカーの号令に従っていればビジネスが成り立つ親方日の丸ではなく、逆に自ら新たなアイデアを考案して自動車メーカーに対等な立ち位置で提案していける、そして自動車メーカーとともに開発から関与してイノベーションを創出していけるアクティブな力がより一層求められてくることを意味する。

 ただ、この「快適性」を実現するためには、ドライバーも車室内のエンターテインメント空間を満喫できるくらいの安心安全な車両の駆動・自動走行技術も当然、必要になる。このことはまさに、ソニー・ホンダモビリティがCES2024(米ネバダ州ラスベガス)で公開した新型EVプロトタイプ「AFEELA」が、各種センサー(車載カメラ、LiDAR、ミリ波レーダーなど)の駆使、AIの活用によりADAS・自動運転も重視していること、一方でバーチャルとリアルを融合した、創造的なエンターテインメント空間としてのモビリティーを志向していることからもうかがい知ることができる。

 いずれにしても、前述の新陳代謝という観点でみれば、こうした今までは自動車業界と関係の薄かった新たなプレーヤーが登場し、クルマの価値が根底から変化しようとしている流れも注目される。

 ちなみに余談だが、23年11月にパシフィコ横浜で開催された展示会「Edge Tech+2023」のテスラブースでEV(北米向けMODEL 3)展示の車内フロントパネルを拝見した際も、まるでパソコンやスマートフォン画面さながらだな、と感じ入ったことも思い出される。

各レイヤーで異なってくる競争軸

 では、半導体や電子部品という観点ではどうなるのだろうか。あくまでも推論に過ぎないが、各レイヤーで競争軸が異なってくることが予想される。

 E/Eアーキテクチャー、ゾーンコントロール、セントラルコントロールを担う各自動車メーカーの核となる車載SoC、ここはまさにクルマの頭脳であり肝となる。AI処理もこなす車載HPC(高性能コンピューティング)であり、日本でも23年12月に「自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)」が始動している。24年4月上旬時点で自動車メーカー6社(スズキ、SUBARU、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、マツダ)、電装部品メーカー3社(デンソー、パナソニック オートモーティブシステム、日立Astemo)、半導体関連企業5社(ソシオネクスト、日本ケイデンス・デザイン・システムズ、日本シノプシス、ミライズテクノロジーズ、ルネサス エレクトロニクス)による共同研究体制が構築されており、チップレット技術の車載への応用に必要な要素技術を確立し、これらの技術をベースとする先端 SoC チップレットを2030 年以降の自動車に量産適用を目指すことを表明しており、技術の粋を競う高付加価値領域、競争領域になっていくことは確かだ。このレイヤーはピラミッドの先端に位置づくレイヤーと言えるだろう。

 次に車だからこその「命」に直結する安全領域。ここには安心安全に自動走行するためのセンシングの要となるADAS、車両の駆動を司る機電一体のeAxle(インバーター、モーター、減速機など)などが位置づけられるのではないだろうか。車両と連動しながら技術進化が続けられていく付加価値領域であり続けるレイヤーとみる。

 ただし、航続距離延伸に向けて、小型・軽量化を実現し続ける高度な技術力を発揮しつつも、コストダウンも求められるレイヤーでもあり、半導体・電子部品も含めスケールメリットを持って勝負できるプレーヤーの競争領域になってくることが想像される。その意味では、場合によっては技術力を高めた中国などのアジア勢との闘いも覚悟する必要があるとも言える。事実、先日の取材で最新EVの分解部品展示を目にする機会があったが、すでに中国製半導体・電子部品が搭載されているパーツが増えてきている状況にあることを痛感した。

 そして前述のエンターテインメント空間。ここは従来存在しなかった新規ビジネス領域だ。パソコンやスマホに搭載されている半導体・電子部品がクルマにも搭載されていくとみることができる。ただし、ここではOTA、AI対応、車両機能との連携まで一貫で担えるOS、SoCやMCUなどの高性能半導体・その周辺部品は自動車メーカーと一体で付加価値を追求していくハイエンド領域になることが予想されるが、それ以外の半導体・電子部品は、ある程度車載グレードを満たせば価格勝負レイヤーになる可能性があることも注視すべきかもしれない。とはいえ、新たにオンされてくる新規領域であり今後の進展が楽しみだ。ちなみに、別の側面では、再生可能エネルギーからEVへ蓄電した電力をEVへ充電するというエネルギー循環に伴う商機、遠方走行を求めるユーザーには急速充電に伴う技術革新からの商機なども、電子デバイスにとっては従来にはなかった新規需要である。

 このように各レイヤーで競争軸が異なってくる可能性、業界の流れを慎重に、しかしながらスピード感をもって見極めながら、自社が勝負をかけるレイヤーを見定めていくことになりそうだ。

 こうして全体感を整理してみると、未来にあるクルマは、今とはまったく異なる電子機器に変貌する可能性も多分にある。それを支え、実現する重要要素の1つに、電子デバイスは位置づけられる。3月末に日本で初開催されたフォーミュラEでは、日本の自動車メーカーで唯一、参加を続けている日産自動車が、2030年までの長期参戦を宣言した。パワートレインからソフトウエアのアップデート、効率的なエネルギーマネジメントまで、最新・最高の技術で競う場でもあり、長期的視点で未来にある姿を見据えている自動車メーカーの覚悟がみえる。電子デバイス業界も一体となり、2030年も世界をリーディングする存在であれるよう、ともに挑んでいこう。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 高澤里美

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