商業施設新聞
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No.331

商道と子育て


古沢 大輔

2011/8/23

 ある企業での取材中、何気なく「子どもが生まれる前と後で、ショッピングセンターを見る目が大きく変わりましてね」と切り出すと、先方に思った以上に共感してもらえたことがあった。白テーブルの向こうで、Yシャツ、スーツをきちんと着こなし、姿勢を正して座っているビジネスマンも、家に帰ればやはり、やんちゃな息子、やさしい娘に柔和な笑顔を見せるパパさんたちなのだと、瞬間、心が和んだ。

 見方が変わったのは、商業施設の存在にとても助けられたり、反対に「なぜ、ここのサービスはこうまで気が利かないのだろう?」とひどくがっかりしたりする経験が格段に増えたからだ。利用する商業施設への期待度と、それに達し得なかった時の落胆の振り幅がずいぶん広がった。気ままにぶらぶらと、時間を気にせず歩けていた頃は、目当ての店子さえあればよかった。今は天衣無縫のチビを連れての外出だ。こちらも真剣さが違う。
 特に、電車やバスの公共交通機関を使う場合、乳児を抱えていると、外出も一大プロジェクトになる。自家用車と違い、心労はひとかたならない。ひとたび、子が「くすん」と泣けば、親の方はギクリとする。なだめたり、あやしたりと手を尽くすが、時には努力も空しく、かぐわしい臭いが辺りにたちこめる、あるいは、甲高い叫びが同舟の耳をつんざくこともある。そうなれば、どこかで途中下車し、退避を考えねばならぬ。

 そうした時、まず頭に思い浮かぶのは商業施設、なかでも百貨店であることが多かった。または比較的新しい駅ビル、ショッピングモールだが、こうした商業施設で普段蓄えている知識が活かされるとは思いも寄らなかったことだ。もっとも、授乳やおむつ交換ができる環境については、母親にちゃんと見当があり、こちらが豆知識を披露せずとも、外出前からマップはすでにあったらしいのだが……。
 商業施設に入り、ぐずる子を抱えて、エレベーターが下りるのを待つ。「赤ちゃんルーム」は低い階にあればいいと思う。そのくらい、エレベーターを待つ時間も乗っている時間も、こちらには途方もなく長い時間に感じられる。一通りの始末を終えると、やがて騒ぎ疲れた子は腕の中ですやすやと寝息をたてる。親もほっとため息をつく。眠っている時が一番かわいいとは、どの親も必ず抱く感想だろう。

 子育て関連のサービス施設や、子どもが遊べるキッズルームのような場所は、直接儲けを生み出すものではない。こうしたスペースの周りには、たいてい子供服店や玩具店が集まっているが、ここに立ち寄る人たちが必ず売り場に足を止めるとも限らない。それでも、例えば遊び場を3歳児以下とそれ以上できちんと分けている商業施設や、男性用トイレにもベビーキープやオムツ替えベッドを置いているSC、ベビーカー同士がすれ違えるような通路幅を意識した売り場や、簡易にでも授乳室を個室に分けている店がある。
 そうした善意に触れるにつけ、石田梅岩が説くところの商道における仁義礼智の心と重なるものを感じるのである。

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