電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第545回

アップルはマイクロLEDを採用するのか


可能性は残っている

2024/3/22

アップルはマイクロLEDの採用計画を事実上断念した(写真はApple Watch Ultra)
アップルはマイクロLEDの採用計画を
事実上断念した
(写真はApple Watch Ultra)
 アップルがApple Watch新モデルへのマイクロLEDディスプレーの搭載計画を白紙化したのではとの観測が出ている。マイクロLEDのティア1サプライヤーになると目されていたamsオスラムが2月28日、「基礎プロジェクト(PJ)の予期せぬキャンセルによって、マイクロLED戦略を再評価する」と発表したことを受けたもので、ディスプレー業界に衝撃が走った。アップルは本当にマイクロLEDディスプレーを自社製品に搭載することを諦めてしまったのだろうか。

amsオスラムとのPV中止が引き金に

 amsオスラムの発表によると、予期せぬキャンセルを受けてPJを中止し、関連する資産、特にマレーシアのクリムに新設した8インチLED工場の利用を再検討する。関連顧客と協議を継続中だが、暫定的な見積りに基づき、2024年1~3月期に関連資産とのれんに対する非現金の減損費用6億~9億ユーロを計上する見通し。また、中期売上高CAGR(年平均成長率)を6~8%に下方修正する一方、設備投資や研究開発費の軽減によって今後24カ月以内にキャッシュフローにプラスの影響を見込む。

 アップルは、Apple Watchの発売10周年にあわせて、マイクロLEDディスプレーを搭載したApple Watch Ultraの記念モデルを24年中に発売する計画だとされ、amsオスラムに対して前受金の支払いにも同意していたといわれている。サイズは2.1インチになるとの観測も出ていた。だが、マイクロLEDディスプレーの開発計画は遅れ、この計画のために新設されたクリム8インチ新工場は稼働準備が整ったものの、量産開始の見通しは25年へ先送りになり、搭載は早くても26年になるとの公算が大きくなっていた。

 調査会社Yoleグループのディスプレー主席アナリストEric Virey氏は「アップルはこれまで、マイクロLEDディスプレーの開発に、14年のLuxVue買収費用を含め、30億ドル以上を費やしてきた」と分析。また、調査会社DSCCのGuillaume Chansin氏は「amsオスラムはアップル向けにサイズ8μmの垂直チップ(両面電極型)を製造する任務を負っていたと考えられ、8インチウエハーから取れるチップあたりのコストが低くなる可能性があったが、収量が低すぎたようだ」と述べている。

 Apple Watchへの搭載計画が明るみになった当時、調査会社OMDIAはパネルコストを125ドルと想定。その後、Yoleグループは搭載初年度には85ドルの実現を想定していると分析していた。Apple Watchには現在、LTPOベースの有機ELディスプレーが搭載されているが、前出のEric Virey氏は「この有機ELのコストは現在40ドル未満に下がっているが、アップルはこれと同様の未来をマイクロLEDで描けなかったのでは」と述べている。つまるところ、開発期限を守れなくなったこと、期間内に歩留まりを確保できなかったことに加え、将来にわたってコストを下げていくロードマップを描けなかったことが、PJ中止の主たる要因になったと考えられる。

アップルの方針転換はしばしば起きる

 では、果たして、アップルはマイクロLEDディスプレーの採用を本当に諦めてしまったのか。「自社開発をこれ以上継続することはないが、他社が開発したパネルを将来のアップル製品に採用する可能性は残っている」というのが、現時点での正解ではないか。

 amsオスラムが開発していたのは、RGBのLEDチップを個別に製造し、これをマストランスファー技術で実装する「RGBフルカラータイプ」であった。このApple Watch向けの自社開発を中止したのが今回の決断だと思われ、決してマイクロLEDディスプレーの可能性を否定するものではないと筆者は考えている。スマートウオッチ向けでは少数派ではあるが、青色LED+色変換技術でフルカラー化する取り組みを進めているメーカーもあり、これが将来的にアップルのニーズを満たす性能・コストであるならば、アップルが調達する可能性は大いにある。今回の一連のニュースに際し、「他の開発案件に変更はない」と話す業界関係者もいる。

 アップルが開発方針を変更するのは、何も本件だけに限ったことではない。アップルはかつて、iPhoneにサファイア製カバーガラスの搭載を計画し、13年11月に米GTアドバンストテクノロジーズ(GTAT)とサファイアの供給契約を締結した。アップルはファーストソーラーがアリゾナ州に保有していた工場を買い取り、GTATに5.78億ドルを提供してサファイアを供給してもらう契約を結んだものの、結果として実現せず、GTATは14年にチャプター11を申請した。

 量子ドット(QD)材料メーカーの英Nanocoテクノロジーズが19年に打ち切られた開発契約もアップルが相手だったと海外で報じられた。Nanocoは18年2月に米国企業と新規ナノ材料に関する開発・供給契約を結び、マイルストーンに応じて成功報酬を得ていたが、19年の契約満了に伴って「延長しない」旨の通知を受け、将来の売り上げ見通しを大きく下方修正した。これに関し、アップルはiPhoneのカメラ用センサーにNanocoの新規ナノ材料の採用を検討していたが、代替技術を採用する方針に切り替えた可能性があると噂された。

 また直近では、アップルが自動車(EV)の開発から撤退したことが大々的に報道された。今回の開発中止発表とほぼ同時期だったことから、一連の中止は研究開発の流れをAI関連へ一気に集中させる動きの一環なのかもしれない。

有機ELや台湾勢には追い風

 アップルの自社開発撤退により、マイクロLED業界が大きなマイナスイメージを負ったことは否めない。

 amsオスラムは、クリム8インチ新工場を売却する必要に迫られるかもしれない。また、マイクロLEDに関しては、amsと経営統合する以前の18年に、マイクロトランスファー・プリンティング技術を持つアイルランドのX-Celeprintと技術・特許ライセンス契約を締結したほか、赤色LED向けの8インチGaAsウエハーは米AXTから購入する予定だったとみられ、AXTは「25年半ばから出荷が本格的に増加する」と期待していた。ボンディング装置大手のK&Sもアップル向けとみられる「Project W」を推進中だった。こうした企業では今後、その影響度合いがより可視化される可能性がある。

 なお、amsオスラムにMOCVD装置「AIX G5+C」と「G10-AsP」を供給し、8インチによるマイクロLEDの生産に関して認定を受けていた独アイクストロンは、2月29日に行った決算会見で、今回の中止が同社の24年および25年の収益に影響しないとコメントしている。

 一方で、現在搭載されているLTPOベースの有機ELディスプレーは、今回の決定によって採用期間が延長されることが考えられる。サプライヤーであるLGディスプレーやジャパンディスプレイにとっては朗報だろう。マイクロLEDに関しては、台湾サプライチェーンが勢いづく可能性がある。すでにAUOが量産出荷を開始し、スマートウオッチ向けとしてタグ・ホイヤーにサンプル出荷したとの報道がなされているほか、プレイナイトライドとともにCOC(Chip on Carrier)ラインの構築に取り組んでいる最中でもある。

 また、当事者であるamsオスラムも、自動車のヘッドライトをマルチピクセルソリューションで実現するライトエンジン「Eviyos」を商品化している。40mm²のスペースに2万5600個のLEDチップを40μmピッチで実装したものであり、RGBタイプのディスプレー開発を中止しても、マイクロLEDそのものの開発から撤退することはないだろう。

 いずれにしても、「ポスト有機EL」をめぐる次世代ディスプレー技術の行方がますます混沌としてきた。さらなる技術の発展を待つとともに、その実現に日本企業の事業展開や技術が大きく貢献することを期待したい。


電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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