電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第536回

電子材料王国ニッポンの技は日本料理と同じ繊細な感性!


半導体材料の6割強のシェアは日本勢が握り、後工程にも強い!!

2023/6/23

 かなり昔のことであるが、『電子材料王国ニッポンの逆襲』という本を書いたことがある。版元は東洋経済新報社であり、2006年5月に発刊されたが、「こんな地味な本はとてもじゃねえが売れねえだろう」と思っていたら、意に反してかなり売れたのである。お調子に乗って2009年6月にその続編とも言うべき「ニッポンの素材力」という本を書いたらこれはベストセラーランキングで4位になるという快挙ではあったのだ。

 今日にあってニッポン半導体の弱体化が声高に叫ばれて、世界シェアはとうとう6%程度まで落ちたことで、この落日の光景を冷ややかに面白がっている輩も多いのである。それはともかく、筆者はかねて半導体産業という分野はデバイス、製造装置、材料の3分野で捉えなければ、実態はわからないと考えている。半導体製造装置は東京エレクトロン、SCREEN、アドバンテスト、ディスコ、東京精密、ローツェ、堀場製作所などのそうそうたるメンバーが超頑張っており、世界シェアは三十数パーセントを握っている。筆者はここ数年のうちにトップをいく米国を捉えにいくとさえ思っているのだ。

 半導体材料という分野においては、まさに日本勢の強さはただごとではない。何と世界シェアの6割強のシェアを握っており、めっぽう強いのである。最も重要な材料であるシリコンウエハーについては、トップを行く信越の強さは相変わらずであり、これを追いかけるSUMCOも先ごろ九州にかなり大きな新工場用地を取得し、追撃態勢を整えている。この2社だけでおそらく7割くらいの世界シェアを持っていると想定される。

 フォトレジストについては、もはや日本勢は圧勝というしかないだろう。東京応化工業、JSR、富士フイルムなどの日本企業が世界シェアの9割以上を握り、ほぼ独占といってよい状況なのである。フォトマスクについても、外販市場でいえば凸版印刷と大日本印刷のシェアはものすごく高いのである。

 半導体の後工程材料については、昭和電工グループと日立化成がジョインしてできたレゾナックが世界トップシェアを占有している。半導体封止材という分野においては、このレゾナックを押さえて、住友ベークライトが倍々ゲームという勢いで、売り上げを伸ばしている。

 何ゆえに半導体や液晶、電子部品などの高機能材料の分野で日本企業が強いのかということをつらつら考えている。世界初めての制電プレートを開発したタキロンの幹部にその苦労話を聞いたことがある。その幹部は当時を振り返って次のように語ったのだ。

 「制電プレートいう概念が出て、導電性の塗料をシートの上に貼り付けることを考えた。ところが最適な塗料そのものがなかった。そこで塗料そのものを自分で作るしかないと決断し、丸1年もかけてオリジナルの塗料を作ることに決めた。来る日も来る日も板に手で塗料を塗り続けた。完成した時にはこれで世の中に貢献できるとの思いが強かった」

高機能材料を作り続ける日本のケミカルはもっと評価されてよい
高機能材料を作り続ける日本のケミカルは
もっと評価されてよい
 このタキロンのやっていたようなことは、日本の材料メーカーであれば、ほぼ似たような話をよく聞かされるのである。それにしても1年もかけて雨の日も風の日も雪の日もただひたすらに塗料を塗りつけ、温度依存性、表面抵抗値などの細かいデータを徹底的に検証する作業は気の遠くなるほどの忍耐を必要とする。この愚直なまでに、ただひたすらに、ということがまさに日本人の感性にマッチングしているのである。

 中国や韓国、さらには台湾の企業などに、なぜ自前で材料を作ろうとしないのかということを聞いたことがある。その時に彼らはいっせいにこう言ったことには驚かされた。

 「すぐに儲からないことには手を出さない。何年もかけて開発するなどはとんでもない。日本人が我慢強いことには敬意を評するが、資金の回収という点ではダメダメね」

 先頃になって、合成樹脂工業協会の人たちと交流の時を持つことが多くなった。この業界はプラスチックに代表されるフェノール樹脂を手がける企業からそのルーツが始まったが、今日にあっても中々ユニークな高機能素材を提供し続けている。同協会の専務理事である杉本利彦氏はある種の感慨を込めてこう述べるのである。

 「高機能素材の世界は日本料理と同じ繊細な感性を必要とする。京料理のだしの合わせこみはもはや世界遺産の領域であり、他国が束になってかかっても敵わない。丁寧に細やかに合わせこむ、という日本人の国民性はまさに最先端材料の世界で生きるのである」


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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