13年7月に、電子部品大手の太陽誘電がある1つのニュースリリースを配信した。大手一般紙ではあまり取り上げられなかった内容であるが、半導体業界の専門媒体である本紙にとっては、非常に興味深い内容である。その内容とは、太陽誘電が日立製作所の所有する東京都青梅市の半導体工場を取得するというものだった。
日立製作所はもともと同工場で情報通信市場向け半導体を生産し、一部ファンドリー事業なども手がけていたが、事業の採算が悪化。12年末に半導体製造からの撤退を発表し、同工場の売却を検討していた。太陽誘電は同工場でスマートフォン(スマホ)など携帯電話に搭載されるRF部品の1つである高周波フィルターの生産に活用するという。
太陽誘電のように近年、電子部品メーカーが半導体工場を取得し、自社製品の生産に活用するというケースが増加傾向にある。また、半導体メーカー自身も老朽化した半導体工場を電子部品の生産拠点として生まれ変わらせ、閉鎖という最悪のケースを避ける取り組みも増えてきた。村田製作所や太陽誘電などの国内電子部品メーカーは国内半導体メーカーとは対照的に、グローバル市場で高い競争力を持つ。そのなかで、戦略デバイスとなっているのが先述の高周波フィルターのようなRF部品だ。太陽誘電の工場取得はこうしたRF部品に押し寄せる変革の波の象徴的な出来事であり、国内半導体工場を救う1つのモデルケースといえるであろう。
MMMB、ダイバーシティーが追い風に
これまで、国内の電子部品メーカーは積層セラミックコンデンサー(MLCC)など、いわゆる受動部品が主力事業であった。同分野では今でも村田製作所やTDK、太陽誘電などが世界のトップに君臨し、高い競争力を維持している。しかし、近年はこうした盤石の体制に綻びも見え始めている。
なかでも、韓国サムスングループ系列のサムスン電機(SEMCO)の急成長は国内各社にとって脅威となっている。もともとSEMCOはMLCC分野でも下位グループに属していたが、ここ数年、事業規模を急速に拡大させており、TDK、太陽誘電を抜き去り、村田製作所に次ぐ業界2位にまで上り詰めた。加えて、台湾や中国などの企業も台頭しており、「MLCC御三家」といわれた時代は、とうに過去のものとなっている。
主力事業が海外勢の台頭で脅かされるなか、国内電子部品各社が新たな成長ドライバーと位置づけているのがRF分野だ。スマホの登場にあわせて、携帯端末は複数の周波数を1台の端末で扱うマルチモード・マルチバンド(MMMB)に突入している。携帯電話1台あたりに搭載されるSAWデバイスの数が3G時代に比べて、現在主流のLTEは搭載員数が飛躍的に増加している。村田製作所によれば、3Gのフィーチャーフォン時代は1台あたり3~6個のSAWデバイスが搭載されていたが、3Gスマホではこれが6~8個に、LTE対応のスマホでは10個前後まで増加しているという。
加えて、現在のスマホでは「ダイバーシティー」と呼ばれる機能が搭載されていることもこれに拍車をかけている。ダイバーシティーとは、複数のアンテナで受信した同一の無線信号において、電波状況の優れたアンテナの信号を優先させるなど、アンテナの選択を行える機能だ。
さらに、SAWフィルターなどはアンプやアンテナスイッチなどと一緒にモジュールでユーザーに提供されるため、いわゆる「総取り戦」の競争環境となっている。モジュール内に搭載される部品は他社製品もあるが、モジュールを提供する企業の影響力は絶大で、機種ごとに白黒がはっきりしている。例えば、サムスンの「Galaxy S3」では太陽誘電の通信モジュールが採用されていたが、今年発売された「S4」では村田製作所のモジュールが採用されており、業績を見ても各社の明暗がはっきりと分かれている。RF部品を搭載する通信モジュール分野において、国内電子部品各社は強みを発揮できており、村田製作所の通信モジュール売り上げを見ても、右肩上がりの成長を見せている。
半導体メーカーも参入表明
高周波フィルターがMLCCに次ぐ新たな事業の柱となるなか、各社は生産能力拡大の動きを活発化させている。SAWフィルターやBAWフィルターなどはリソグラフィーやエッチングなど半導体製造プロセスに近い製造工程を踏むため、既存の半導体工場を再利用しやすい。太陽誘電などはこうした利点に目をつけ、日立製作所の工場買収に動いた。
工場取得に動く企業は太陽誘電だけではない。村田製作所はいち早くこうした取り組みを見せており、先駆け的な存在だ。08年にカメラ向けCCDを生産していた富士フイルムの生産子会社(仙台市泉区)を取得(現・金沢村田製作所 仙台工場)。薄膜プロセスなどをそのまま活用し、高周波フィルターの生産を行っている。
富士フイルムのCCD生産拠点を買収し、
SAWフィルターを生産する村田製作所
(写真:金沢村田製作所 仙台工場)
さらに半導体メーカー側でも、低迷する工場稼動率のテコ入れ策として高周波フィルター事業に参入するところもある。新日本無線は12年7月にSAWフィルターのファンドリービジネスに本格参入すると表明。同社は前工程拠点として川越製作所(埼玉県ふじみの市)を有していたが、長年稼働率の低下に苦しんでいた。ファンドリービジネスとして、まずは月産5000枚(5インチ)からスタート、今後は同1万~1.5万枚を目標に事業拡大に努めていくという。さらにパナソニックも半導体パッケージ技術のWLCSP(ウエハーレベルCSP)プロセスを武器に、SAWデバイスを開発。SAWフィルター、デュプレクサーの双方ですでに事業展開を開始している。
老朽化する国内半導体工場の受け皿として、注目を集める高周波フィルター。MMMB化やダイバーシティー機能の搭載により今後ますます市場拡大が期待される。さらにモジュールベースでの提供が勝敗を分けることから、高周波フィルターと一緒に実装されるアンプやアンテナスイッチもこれまで以上に重要になってくる。アンプやスイッチは現在、GaAsなど化合物半導体材料がメーンに使われているが、今後はシリコンやSOI(Silicon on Insulator)といったCMOSプロセスの採用が増える可能性が高い。電子部品メーカーが半導体分野に積極進出するなか、村田製作所や太陽誘電がルネサスや富士通に代わる、国内大手の半導体メーカーと呼ばれる日もそう遠くもないのかもしれない。
半導体産業新聞 編集部 記者 稲葉雅巳