電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第467回

TSMCが舞い降りてとんでもない「熊本狂騒曲」が始まった


一般市民が半導体工場を話題にしているのはまず見られないこと

2022/1/28

 いまや九州を代表する地銀となった肥後銀行の招きで、熊本に講演に出かける機会に恵まれた。驚くべきことに、空港を降りた出口では、地元の放送局であるKAB熊本朝日放送のスタッフが自分を取り巻いたのだ。いきなりのことであるが、ソニー熊本の前に行ってインタビューをしよう、ということになっていた。

 「寒風吹きすさぶ中であのような工業団地の丘に立ってインタビューを受けたら、風邪をひいてしまうかもしれない。オミクロンになったらどうするんだ!!」などと叫んでみたが、ほとんど無駄であった。

 手慣れた報道制作局の強者たちは、ほとんど馬耳東風で筆者の言葉を聞き流して、さあ、とにかく参りましょう、とひたすら急き立てられてしまった。かなり人気があると言われる若手の記者はイケメンであり、そしてまたインタビューも上手かった。かなりの誘導尋問をされて、つい答えてしまったこともある。

TSMCの熊本新工場の基礎工事は着々と進んでいる
TSMCの熊本新工場の基礎工事は
 着々と進んでいる
 地元局であるKABが何ゆえにこうしたテレビ映像を撮っているのかと言えば、熊本県民の中でTSMCの熊本新工場に関する関心が、いやが上にも高まっているからだという。そういえば、昨年末頃にやはり熊本に出かけてタクシーに乗ったところ、運転手の人が、「いよいよ台湾が来ますね。TSMCとかいう会社はでかい会社らしいですねえ。これで経済がよくなることは間違いないですよ。いやー、よかった。とにかくよかった」などとひたすら笑っていたのを思い出す。

 そしてまた、熊本市の上通りや下通りを歩いていて、TSMCという言葉が行きかう人たちの中から聞こえてきた時には、ただひたすら驚いた。地方都市の街角で、半導体工場の話が一般市民の間でも飛び交うなどということは、熊本以外にはまずもってないであろう。

 熊本県は言うまでもなく、稀代の半導体立国である。かつては、NECが世界一のDRAM工場(現在のルネサス川尻工場)を立ち上げた時には、大変な騒ぎとなった。そして次には、20年前にソニーが熊本に進出し、いまや世界一となったCMOSイメージセンサーの量産で2019年には国内半導体生産ランキング1位にソニーが躍進した時も、そのマザー工場であるソニー熊本TECが話題となったのだ。

 パワーデバイス大手である三菱電機の最大量産工場も熊本にある。同社は22年6月をめどに生産を終了する液晶モジュール工場をパワー半導体などの製造に転用することを決めている。前工程にするか、後工程にするかはまだ検討中であるが、後工程の方が早期転用が可能であると見られている。福岡県、兵庫県、島根県に工場を構える三菱電機の国内の後工程の見直しが中長期的に必要になりそうなのである。

 それはともかく、肥後銀行で講演をさせていただいたいが、そのあまりの反響のすごさに驚かされるばかりであった。声を放って講演の感想をほめたたえる人たちもいたのである。まさに「熊本狂騒曲」のうねりが始まったというほかはないのだ。

 そしてまた、いくつかの質問も寄せられたが、その内容は、KABのアナウンサーが筆者にしつこく聞いた内容とほぼ同じものであった。それすなわち、「TSMCの熊本新工場は、地元企業および地元経済にどのような経済効果をもたらすか」というものであった。

 「熊本県下には、いまや日本を代表する半導体企業となった東京エレクトロンの拠点工場がある。すでに敷地も建屋も満杯であるため、東京エレクトロンが工場新立地を検討していることは間違いない。CMP大手の荏原製作所、マスフロコントローラー世界一の堀場製作所など、装置大手も熊本に多く集結しているだけに、その企業たちの大型増強もビシバシと行われることになるだろう。そして何よりも、熊本に林立する半導体関連の中小企業の人たちが、一気に活気づくだろう。自分が知っているだけでもこうした半導体製造関連の熊本県下の中小企業は、17の新工場建設を計画している。これは実にサプライズなことだ。TSMCの熊本新工場は8000億円の設備投資であるが、これがもたらす経済効果は数兆円になるだろう」

 こうした答えは、まさに熊本県民が皆、期待していることであり、筆者は常に相手の顔色をうかがう男芸者であるからして、当然のことながら、こういうコメントを用意していたのだ。

 それにしても、熊本市内は加藤清正の築城計画もあって、道路は真っすぐに延びておらず、あちこちに曲がり角があり、橋はいっぱいかけられ、おまけに路面電車も通っているものだから、ともかく交通渋滞がすさまじい。夕方になれば、まるで東京の銀座並みの渋滞ぶりなのである。多くの人たちが懸念するのは、TSMCが来てしまったら、ますます渋滞がひどくなって、イライラする人たちが増えるだろう、ということだ。しかしてそれは、嬉しい悲鳴ではないのか、と筆者はつとに思うのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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