電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第13回

「一の谷のいくさ破れ……」は、もういやです!!


日本圧勝の積層セラコンもサムスンに奪われる懸念

2012/10/12

スマートフォンのキーデバイスのひとつに積層セラミックコンデンサーがある
スマートフォンのキーデバイスのひとつに積層セラミックコンデンサーがある
 「一の谷のいくさ破れ、討たれし平家の公達あわれ、と子供のころに覚えた歌を口ずさんでいる。数々の技術で先行し、牙城を築いてきた日本の電子デバイスが敗走を重ねる姿と、この歌が変にマッチングしてしまう。とても悲しい」

 広島駅前のとても汚い居酒屋で西条の二級酒を飲みながら、ある半導体関係者と話していたときに相手がつぶやいた言葉である。広島といえば、栄華を極めた平家の象徴ともいうべき宮島があるところだ。そしてまた、かつて世界一の大旋風を巻き起こしたDRAMの量産を日本勢として踏みとどまり、頑張っていたエルピーダメモリの拠点工場があるところでもある。

 繁栄を謳歌したものが敗れていく様は、「もののあわれ」を文化とする日本人の心情にあっている。大体が夏の風物詩である甲子園の高校野球において、時として負けたチームのほうに拍手が多いという現象は、世界広しといえどもこの日本にしかない現象だろう。しかしながら、敗れ去っていくものの美しさを感じる心は、それなりに大和心とは言えるが、ここまで来るとそう感想的に納得していてよいものであるかどうか、考える時がきたように思う。

 メモリー半導体が大きく敗走し、TFT液晶が惨敗し、かつ太陽電池の世界も外国勢、それもアジア勢に席巻されてしまった日本にとって、一般電子部品はいわば最後の牙城ともいうべき領域といわれている。なかでも、積層セラミックコンデンサーは、村田製作所、TDK、太陽誘電などの日本メーカーが大きな市場シェアを持ち、世界レベルで圧勝していた分野であった。

 ところが、ここにきて情勢は大きく変わった。現状で推定される世界の生産個数は1200億個であるが、なんと韓国サムスンがこの約3分の1の400億個体制に押し上げたという情報が流れており、世界トップを行く村田製作所をいよいよ捉えにかかったともいわれている。積層セラコンは様々な分野で用いられているが、特に最近ではなんといってもスマートフォン搭載のアプリが急速に広がっている。いまやスマホは、7億~8億台が十分に展望できる状況になっており、パソコンの4億台弱をはるかに凌いでいる。この戦場における重要デバイスである積層セラコンだけは日本のものだ、と長く言われてきたが、ここに来てこの常識が大きく崩れ始めたのだ。

 韓国サムスンの強さはなんといっても自社内に大きなセット機器のマーケットがあり、さらに外販にも展開できるというスタイルを確立していることだ。液晶テレビはいまやサムスンが世界トップであるが、ここに使用される液晶の分野でも世界トップであり、内作の強みを生かして世界展開へと結びつけていく。スマートフォンの世界においても、いわばフロンティアランナーであるアップル社のiPhoneの優位はほぼ動かないものの、サムスンの追い上げはすさまじく、いずれは世界トップにのし上がると見る向きも多い。そうなれば、ほぼ自動的にスマホに使われる積層セラコンの分野においても、サムスンが世界チャンピオンになることが可能なのだ。

 もっとも材料からの作りこみで、圧倒的な技術力を持つ村田製作所もそう簡単には首位を譲らない、との姿勢を見せている。現状では600億個の体制にあると見られるが、2012年度も前年と同じく高水準の680億円という設備投資を断行している。それにしても、ひたひたと押し寄せてくるサムスンの足音は大いに気になるところだろう。かつて勢力を築いていたTDKや太陽誘電などは、100億個強というレベルにあり、村田、サムスンの首位争いに対し、大きく水をあけられている。

 負けることの悲しみと美しさを心の中に飲み込んで、秋の夜風に吹かれながら、しびれるような日本酒を飲むのも一興だろう。しかして、いつまでもこうした美学に酔っている時ではないだろう。負けていく事実に眼をつぶり、ひたすら空元気を出す。技術においても、量産においても勝てないくせに、いつか何とかなるという能天気な見通しを持つ。それで、何かが変えられるのだろうか。

 今大切なことは、負けてボロボロになった自分の体を見つめながら、どうやったら勝てるのかを真剣に考えることだろう。みじめな自分自身を怜悧な眼で見つめなおし、「5年後を見ていろ、ホエづらをかくなよ」という不屈の魂をもう一度呼び覚ますことだろう。平家物語のような記事を、いついつまでも書き続けることは、もはや忍びない。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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