(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
ひと時代前のニッポン半導体といえば、なんといってもメモリーであった。筆者が本格的に半導体の記事を書き始めたのは80年代初めのころであったが、その当時にはDRAM、マスクROM、SRAM、EPROM、EEPROMなどメモリーの世界はまさに百花繚乱であり、バイポーラメモリーすら存在していたのだ。
今は経営状況が厳しいといわれるシャープだが、かつてはマスクROMの王者であり、任天堂のファミコン向けの増強計画をひたすら追いかけていたことを想いだす。半導体産業新聞を発刊したころは、DRAMの相場価格を1円でも下げた記事を書けば「月夜の晩ばかりじゃねえぞ。闇夜を歩く時には気をつけろよ」とおどしの電話をもらい、ワナワナと震える日々であった。
さて、今日においては、SRAMやEPROMの果たした役割の多くをフラッシュメモリーが担っている。DRAMはあいかわらず健在であるが、主用途のパソコンの世界が元気なく、これに影響されトーンダウンしている。
東広島に拠点を持つエルピーダメモリが経営危機によりマイクロンに買収されたことで、事実上、日本のメモリー半導体といえば、東芝やルネサスのフラッシュメモリー、ロームなどのFeRAM(強誘電体メモリー)を残すのみとなった。しかしながら、ここにきて、日本半導体「救世主」の期待を担う次世代メモリー「MRAM」の開発が急加速している。
この分野に詳しい半導体産業新聞の清水聡記者によれば、2025年にはIT機器の急増により、世界のエネルギー消費量は、06年比9.4倍の4.6兆kWhに達するという。スマートフォンやタブレットPCの誕生により消費電力は飛躍的に急増しているのだ。そこで消費電力をさらに低減できる切り札として注目を集めるのが、スピントロニクス技術を応用したMRAMという次世代メモリーだ。
「MRAMの分野における技術開発は、日本が最先端開発をリードしている。東北大学が多くの特許を持っており、トンネル磁気抵抗を世界に先駆けて実証したのが産業技術総合研究所だ。また、量産移行についても特に東芝・ハイニックス連合の技術は先行していると見られる。しかし、サムスンも米国・グランディス社を買収し、450mmウエハーのターゲット材を日本の材料メーカーから調達するなど不気味な動きを見せている」(清水記者)
スピントロニクスをベースとするデバイスだけがDRAMやSRAMを置き換えられる可能性を秘めているといわれる。待機電力を99%削減する、あるいはゼロにする可能性すらあるというのだから驚きだ。詳しくは半導体産業新聞の8月22日付1面トップ記事を参照されたいが、スピントロニクスデバイスの構造は絶縁体を強磁性体ではさむサンドイッチ構造であり、電荷を帯びた電子を応用するエレクトロニクスに加え、電子が帯びている磁気であるスピンも利用する原理だ。ただ、これからの課題としては微細化対応であり、90nmまではこなせるといわれるが、その後の開発が重要になってくる。材料面の改良が必要であり、MgOをコバルト/鉄/ボロンでサンドイッチしているのが現状であるが、新材料採用が必要となってくるわけで、下地の材料も含めて様々な開発競争が繰り広げられるだろう。この分野で著名な東北大学の大野英男教授は半導体産業新聞のインタビューにこう答えている。
「われわれはMRAMだけではなく、それをロジック回路に埋め込んだ不揮発性論理集積回路の実現を目指している。プログラムの実行に当たっては、東北大学を中心としてNECや日立などの6組織がメンバーとして当初から参加している。2011年度からは新たに6企業・組織が加わるなどさらに強力な体制が構築された」
日本の半導体産業はここにきて、一気に右肩下がりの状況にあえいでいる。しかしながら、MRAMの分野では日本勢は、特許の多くを押さえ、最先端開発で先行し、量産移行や装置の開発でも有利に進めているといわれる。起死回生の逆転をかけて、MRAMおよびこれを応用したシステムLSIの次世代に向けた戦いが、ついに始まったといえよう。