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第225回

進化するがんゲノム医療


発がんメカニズムの解明が患者と社会を救う

2017/11/24

 第3期となるがん対策推進基本計画が10月に閣議決定を受けた。その中で、ゲノム情報や臨床情報を収集し分析することで、革新的医薬品等の開発を推進し、がんの克服を目指すことが明記された。

 厚生労働省の「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」(座長:間野博行氏、国立がん研究センター研究所所長)は、7月に報告書を取りまとめ、がんゲノム医療の提供で中心的な役割を果たす(仮称)がんゲノム医療中核拠点病院の指定や、がんゲノム情報関連を収集、管理・運営するための(仮称)がんゲノム情報管理センターの創設などを盛り込んだ。

 がんゲノム医療中核拠点病院は、既存のがん診療連携拠点病院の仕組みに位置づけるため、今後、厚労省の「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」で要件を検討する。17年度中にがん診療連携拠点病院のうちの7カ所程度の指定を行い、18年度から立ち上げる予定となっており、徐々に指定病院を増やし、将来的には、すべての都道府県でがんゲノム医療の提供が可能になる体制の整備を目指す。

 がんゲノム情報管理センターは、全国に1カ所の設置を想定しており、中核拠点病院から患者のゲノム情報や治療薬に対する効果といった臨床情報の提供を得て、(仮称)がんゲノム情報レポジトリーを構築する。このほか報告書では、質の確保された効率的なゲノム検査実施体制、治験情報の集約と医師主導治験などの支援、レポジトリー情報を活用した革新的診断法・治療法を創出する仕組みも盛り込んでいる。

 こうした情報収集、治験の体制整備とともに、一度に大量の遺伝子を解析することができる次世代シークエンサー、大規模なデータベース、ストレージ、スーパーコンピューターなどの整備も必要となる。
 ちなみに、ゲノム情報の集積については、英国では10万人(12~16年)、米国では100万人(15年~)を目標としている。

ゲノム異常の解析が重要に

 がんの薬物療法は、古典的な殺細胞効果薬剤からその歴史が始まったが、現在は分子標的薬、さらには免疫チェックポイント阻害薬と様々な作用機序を持つ新薬が開発されて急速な発展を遂げ、医療現場を大きく変えつつある。ゲノム異常を解析することが、副作用を抑え、より効率的な治療を実現する。また、例えば、p53(がん抑制)遺伝子の病的変異を持つ患者への放射線治療は禁忌であるが、実際には気づかずに治療している可能性があると指摘されている。

 14年のIMS Health社の調査によれば、全世界における抗がん剤の市場規模は約10兆円に到達し、うち分子標的薬は46%(売上高ベース)を占め、解析が進むことで分子標的薬が創出され、解析の重要性がさらに高まる。

 日本では、15年あたりから京都大学、岡山大学、順天堂大学、北海道大学で、がん細胞のゲノム解析サービスと解析結果から最適な薬物療法を選択するといった医療の提供が開始されている。

加藤俊介教授
加藤俊介教授
 14年の全米1位のがん専門病院MSK(Memorial Sloan Kettering:メモリアル・スローン・ケタリング)がんセンターで開発された革新的ながん遺伝子検査MSK-IMPACTを用いて、がんのゲノム解析を手がける順天堂大学大学院医学系研究科臨床腫瘍学の加藤俊介教授は、こう説明する。

 がんは遺伝子に生じた「異常」、遺伝子の配列が変化する構造変異や遺伝子産物であるたんぱく質が過剰に発現していることなどが原因で発生するが、近年は、これら遺伝子の異常を標的として、その機能を制御する「分子標的薬」が次々と開発されている。これらの分子標的薬は、異常があるがんに対してのみ効果が見られるため、個々の患者のがん細胞にどのような異常が生じているかを詳細に調べる必要がある。

 また、がんが免疫細胞に対してブレーキをかけて免疫細胞の攻撃を阻止するが、このがんが免疫細胞に対してかけているブレーキを解除するのが、免疫チェックポイント阻害薬だ。いずれの薬剤にも、患者個人のがん関連遺伝子を分析し、情報を知ることが治療を進めるうえで重要となっている。

メカニズム解明で変わる治療法

 発がんの分子メカニズムの解明が進んだことで、「臓器ごとの視点からの治療戦略」を立てていた時代から、「臓器横断的に存在する発がん分子メカニズムを標的とする治療戦略」へ変遷している。まさしく、がん関連の遺伝子情報、ゲノム解析が、新しい時代のがん医療を切り拓いたといえる。

 例えば、乳がんでは、HER2蛋白質が過剰に発現しているタイプでは、HER2に対するモノクローナル抗体であるハーセプチンでの治療効果が高いことが分かっている。それが最近では、HER2蛋白質の過剰発現は乳がんだけでなく、胃がん、さらには肺がん、大腸がんの一部でも見つかっており、それらのがんに対してもハーセプチンを用いた治療法が効果を有することが明らかになってきた。このように、分子メカニズムの解明により臓器を超えた治療が実現しつつある。

 しかし、情報量が多いMSK-IMPACTの検査でも、約50%(16年11月時点)の患者では治療薬と結びつくドライバー変異が見つからない。例えば、同じ肺腺がんと診断された患者でも、EGFR遺伝子の変異がある患者もいれば、ALK遺伝子の融合遺伝子が見つかる患者もいる。これらの異常がある患者は治療薬に結び付けることができるが、そのほかの遺伝子の変異ではまだ有効な薬剤の開発が進んでいないこともある。

 これまでの分子標的薬剤は、標的とする遺伝子の配列の変化のために、本来その遺伝子により作り出される蛋白質が異常をきたすため、その機能をコントロールすることで開発されている。しかし、検出される遺伝子の変異パターンは当初の想定より多様性に富むことが分かり、それぞれの変異パターンに対応する分子標的薬剤がなかったり、あるいは効果に差がある場合もある。

 イレッサでも、オプジーボでも、効果がある人とない人がいる。効果がない人にとっては、不必要な出費や無駄な時間を課され、副作用も受け、また、社会にも負担がかかる。がんゲノム医療は、効果の可否を投薬した結果で判断するのではなく、可能な限り事前に解析することで無駄を排除し、適正な医療を施すものであり、さらにデータの積み重ねが多くの患者を救い、また解析結果により新たな分子標的薬の創出につながると展望している。

 順天堂医院は、16年6月から、テーラーメッド社のサービス「MSK-IMPACT」(エムエスケーインパクト)の提供を開始。メモリアルスローンケタリングがんセンターが開発したがん遺伝子検査法を用い、がん関連遺伝子410個と18種類の融合遺伝子を検査し、骨転移腫瘍および原発性骨腫瘍を除く、すべてのがん種を網羅的に解析する。正常細胞とがん細胞の解析を同時に進めることで、より精度を高めている。

 岡山大学病院は、ソニーとエムスリーが設立したP5(ピーファイブ)(株)のサービス「P5ゲノムレポート」の提供を16年5月から開始し、さらにOncoPrime(オンコプライム)のサービスも開始し、自院のほか、他院の患者の受診もかかりつけ医を通じて受け付けている。P5ゲノムレポートは、世界最大規模のがんの臨床研究(NCI-MATCH)の中で検証された検査を基に構築され、WHOやアメリカ国立衛生研究所、製薬企業の最新治験情報の治験情報データベースを用い、国内に解析ラボを設置している。

 OncoPrimeは、三井情報(株)が15年4月から提供を開始し、岡山大学病院のほか、先行して15年4月から京都大学病院で検査の受諾が開始された。原発不明のがんまたは希少がん、さらに標準治療によって症状の改善が見られない患者を対象にしており、費用の支払いは、「自由診療保険メディコム」(セコム損害保険(株))の利用が可能。三井情報では、18年3月までに1500件の検査実施を目指している。

創薬にも新たな動き

 なお、創薬側のトピックスとして、NECでは16年12月、ヘルスケア事業強化の一環として、NEC独自の先進AI(人工知能)技術を活用し医薬品開発で重要な新薬候補物質を発見するとともに、実用化を支援する創薬事業を開始すると発表した。

 NECは同事業の開始にあたり、NECが発見したがん治療用ペプチドワクチンの開発・実用化を推進する新会社「サイトリミック(株)」を設立した。またNECとサイトリミックは同日、(株)ファストトラックイニシアティブ、SMBCベンチャーキャピタル(株)、NECキャピタルソリューション(株)と、各社を引受先とするサイトリミックの第三者割当増資に合意した。

 NECは、最先端AI技術群「NEC the WISE」の1つとして、機械学習と実験を組み合わせることにより、短期間かつ低コストで、約5000億通りのアミノ酸配列の中から免疫を活性化するワクチン候補となるペプチドを高効率に発見できるNEC独自の「免疫機能予測技術」を有しており、同技術を活用し、14年からの山口大学・高知大学との共同研究および山口大学における臨床研究を通じて、肝細胞がんや食道がんなどの治療に効果が期待でき、かつ日本人の約85%に適合するペプチドを発見した。

 今後、サイトリミックは、NECが発見したペプチドを主な有効成分とするワクチンについて、治験用製剤の開発、非臨床・臨床試験、製薬会社との事業化検討などを行い、新たながん治療薬としての実用化を進めている。

電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次

(なお、加藤俊介教授のインタビューおよびがんゲノム医療の詳細は、産業タイムズ社刊『病院計画総覧2017年版』に掲載)
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