電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第260回

IoT革命とEV普及で世界のエネルギーが全く足りない


パワー半導体、AIチップによる消費電力削減は待ったなし

2017/11/17

 「世界の電力消費量はおおよそ20兆kWhとなっているが、2030年には50%増の30兆kWhに近づくだろう。新興国や発展途上国を中心に人口増大が止まらないうえに、IoT革命で1人あたりの電力消費量はまさに右肩上がりなのだ。ちなみに、現在の世界すべての電力消費の3%をデータセンターが占めている。これが30年になれば8%に引き上がる。はっきり言ってもうどうにもならない」

IHSグローバル(株)調査ディレクター 南川明氏
IHSグローバル(株)調査ディレクター 南川明氏
 静かな目線ではあるが、かなり強い口調でこう語るのは、半導体業界の最古参アナリストともいうべき南川明氏(IHSグローバル(株)調査ディレクター)である。南川氏は長きにわたり半導体産業を分析してきたが、ここに来てさらなる半導体の爆発的成長を予想しており、それはIoT革命がなせる業であると言い切っているのだ。

 世界全体のデータ生成量は16年で8ゼタバイト程度であったが、ここ4~5年のうちには44ゼタバイトまで上がるといわれている。これに伴い、データセンターは雨あられの勢いで新設されていくだろう。しかして、データセンターが消費する電力がバカにならない以上、発電所を増やす以上に電力消費を徹底的に抑えることが急務となっているのだ。

 「少なくとも30年までには世界の電力消費を10%以上削減する必要がある。ドイツは22年に原発全廃を決定した。スイスもまた34年に原発を全廃する計画だ。つまり電力消費急拡大の中にあって、電力を作る原発は一気にシュリンクしていくのだ」(南川氏)

 しかして、シェールガス革命が加速度的に進むとはいえ、それなら火力発電所をどんどん建てればよいということにはならない。なぜならCO2排出が進んでしまうからだ。ちなみに、世界の電力の55%はモーターによって消費されている。世界に普及する十数億台のモーターの20%にしかインバーターはついていない。モーターすべてにインバーターをつければ、どう少なく見積もっても電力消費は20%は削減できるのだ。こうした状況下でモーターに関する規制は、かの中国がいち早く導入を決めている。

 一方で、建物自体も大量のCO2を出している。住宅というのはCO2排出の帝王ともいわれており、使用する設備機器の増加に伴い、とにかくひたすら電力使用が高まってしまう情勢にある。民生部門のCO2排出量を削減するためには、太陽電池をはじめとする再生可能エネルギーの導入がどうあっても必要なのだ。

 ちなみに、主要国の省エネ目標は非常に高く掲げられつつある。米国においては、20年までに累積30億tのCO2削減が打ち出されている。イギリスにおいてもエネルギー使用量全体を18%削減するという案が出ている。こうした中にあって、世界主要国での省エネルギー政策を見れば、我が国ニッポンは何と第40位と最低レベルにとどまっている。これは1つの問題だろう。

 「こうした状勢にあっては、何と言っても電力消費を大きく抑えるパワーデバイスの一大普及が必要なのだ。エアコンや鉄道などにもっともっとインバーターをつけていかねばならない。そしてまた、電気自動車(EV)の普及が進めば、これまた電力消費を抑えるパワー半導体が重要になる。IoT革命推進のためには、電力削減をテーマにする半導体が重要な役割を担うことになる」(南川氏)

 IoT普及とEV拡大が進む中にあって、国内の半導体メーカーもパワーに大きく舵を切り始めている。富士電機はパワー半導体に対する投資を一気に拡大する方向を打ち出しており、過去最高の500億円の設備投資を断行する。ロームもまたSiCパワーを中心に半導体の能力拡大を打ち出しており、ルネサスから入手した滋賀県大津工場に大型投資を実行するのは必至といえる情勢だ。東芝はSiCパワー半導体の大口径化を図り、姫路工場を中心に生産能力5倍増強を計画中だ。同社のパワー半導体事業は16年で800億~900億円程度であるが、19年度以降は5倍増の4400億円を達成したいというのだから、本気と考えてよいだろう。

 「AIチップがデータセンターの消費電力削減につながることは間違いない。グーグルはAIチップの内製化で大幅な電力効率の向上を達成した。フェイスブック、アマゾン、アップルなども対抗上、同様の内製化に踏み切る可能性がある。AIチップを手がけるインテル、IBM、ARM、エヌビディアなども省エネチップの開発に死力を降り注いでいる」(南川氏)

 我が国にあっても省エネ型のAIチップは重要な課題であり、東北大学の遠藤哲郎教授を中心にMRAMベースのAIチップ開発を急ピッチで進めている。すでに開発に成功したチップは動作周波数が20MHzで、IBMの20Hzに対して100万倍の高速化を図っている。何よりも重要なことは平均消費電力が600μWであり、これまたIBMのチップに比べて1000分の1から1万分の1ともいう低消費電力化を実現したのだ。

 IoT時代の本格到来を迎えて、エネルギーという視点から物事を考える回路が世界全体に必要とされている。そしてまた消費電力削減のキーワードは、やはり「半導体」にあるのだということを、世界すべての人たちがもっと自覚せねばならないだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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