電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第251回

ニッポン発の印刷法有機ELは一大ブレークするかもしれない


~スマホ以外にもモニター、テレビ、デジタルサイネージなどアプリは多彩~

2017/9/15

 熊本県山鹿市は豊前街道の名残が残る歴史的町並み保存地区として知られている。この旧街道を歩いていると、タイムスリップした感じがあり、筆者の大好きなエリアの1つなのだ。この山鹿の灯篭祭りに使われる灯篭の光源が有機ELであることを知って驚いた。そういえば熊本県も有機ELビジネス加速に注力しており、九州大学の安達教授の有機EL新材料は世界にサプライズの声を上げさせているのだ。

 さて、ここに来て次世代スマホを巡る有機ELの一大ブーム到来が予測され、様々な議論が巻き起こっている。しかしながらアップルは当初、新型iPhoneの3モデルすべてにフレキシブル有機EL搭載をアナウンスしていたが、18年モデルに液晶搭載機種を1つ残す公算が大きいようだ。有機EL大手のサムスンのラインアップが揃っておらず、LGもまたアップル仕様のパネルを生産するのは18年上期になりそうなのだ。

 それにしても、次世代版のスマホに搭載される有機ELは700ドルくらいといわれており、15万~20万円もするスマホを買う人がどれくらいいるのだろうかという疑問の声は数多い。そしてまた、現在のLTPS液晶に比べ有機ELは圧倒的にすばらしいという声もそう多くはない。

 しかして現状は、韓国も台湾も中国もひたすら有機EL大増産の方向で進んでいる。新たなディスプレーの時代が来ていることは全く否定できない。それにしてもずいぶん時間がかかったものだ、というのが筆者の偽らざる感想だ。筆者が記者デビューした70年代末の頃には、液晶ディスプレーよりも有機ELの方が先行するとさえ言われていた。そしてまたプラズマディスプレーも主役の一角に躍り出るとも言われていた。結局は液晶一人勝ちの時代がやってきて、ケータイ、スマホ、テレビ、さらにはモニターも液晶一色に染まってしまった。

 ところがここに来て一大有機ELブームが巻き起こり、液晶に取って代わろうとしている。しかしながら、すべてが有機ELに移行するとはとても思えない。精細度という点、さらにはコスト、使い勝手などあらゆることを勘案しても液晶は残っていくだろう。とりわけ大型パネルという点では、まだまだ液晶の牙城は崩すことはできない。

 そんなことを考えながら、ジャパンディスプレイに出かけて、印刷式の21.6型有機ELディスプレーを観させていただく機会に恵まれた。正直言ってかなり驚いた。色でいえば最も重要な「黒」が違うのだ。全体の輝度、精細度もかなりのレベルであり、これなら十分に戦えるのではないかとの思いがしてならなかった。

 随行した女性記者が両手で持ち上げてみたら、彼女は「これすごく軽いです。しかもすごく薄いです」と驚きの表情を見せたのだ。何と厚さはたったの1.3mm、重量は500gととんでもないレベルに突入している。この21.6型はソニーの医療用モニターに採用が決まっている。医療の現場において遠隔治療などが行われる機会が増えており、ディスプレーに対するドクターの不平・不満はかなりあるのだ。この有機ELなら文句なしであろう。

サプライズの薄さ、重さを実現した印刷式有機ELディスプレー
サプライズの薄さ、重さを実現した
印刷式有機ELディスプレー
 ジャパンディスプレイによれば、この印刷式有機ELは従来の蒸着式に比べコストという点で非常に優れているという。当面は医療向けモニター、業務用ハイエンドモニター、ゲーミング用モニター、さらには車載用モニターなどにアプリがあると判断しているようだ。

 ちなみに、「日本の有機ELは遅れている」という意見を述べるジャーナリストは多いが、その製造装置に踏み込んで発言してもらいたいものだ。蒸着式有機EL製造装置については、キヤノントッキが圧倒的なシェアを押さえており、次いでアルバック、東京エレクトロンと日本勢が続く。デバイスでは先行できなかったが、装置については世界を席巻している。そしてまた、国策ともいえる印刷式有機ELは、技術面において日本は大きく先行している。JOLEDが開発した印刷方式有機ELは、実用レベルにこぎつけたわけであり、今後はジャパンディスプレイにおいて一大量産をかけるという声も上がっている。自信をもってやってもらいたいものだと思う。

 半導体を筆頭格にして、電子デバイスの草創期で勝ったメーカーがその後の市場リーダーになるとは限らない。前にも指摘したことであるが、その昔、日本勢がDRAMで世界を席巻していたころに、現在のメモリー王者であるサムスンは世界ランキング20位にも入っていなかった。それでも技術開発の促進と勇気あふれる設備投資を断行し、サムスンはフラッシュメモリーにおいてもDRAMにおいてもトップシェアを獲得し、半導体全体においても悲願の世界チャンピオンの座に就こうとしている。

 こうした事実を考え合わせれば有機ELの現状はまだまだ草創期であり、ここにおけるマーケットシェアや技術レベルを論じても、一大量産の時代に入らなければ本当の決着はつかないのだ。つまりは、ビッグマーケットのテレビに有機ELが入り込み、床や壁前面に有機ELが張られるアートが登場し、街のデジタルサイネージもすべて有機ELになるという未来がやってきて、そこでマーケットリーダーが決まる。印刷式有機ELは世界に発信すれば一大ブレークする可能性が十分にあるのだから、勇気をもって大型投資に踏み込んでもらいたいと切に願っている。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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