電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第191回

有機EL高精細化のキーパーツ、蒸着用メタルマスク


開発にしのぎを削る3方式

2017/3/31

 次世代スマートフォン(スマホ)用ディスプレーの本命として期待される有機ELディスプレー。韓国や中国のディスプレーメーカーが新工場や新ラインの建設計画を相次いで具体化させており、調査会社の予測では、2020年に現在主流のLTPS(低温ポリシリコン)TFT液晶を搭載率で上回り、スマホに最も搭載されるディスプレーになる可能性があるとされている。その有機ELディスプレーの高精細化・高解像度化を担うのが、RGB発光材料の蒸着工程に不可欠な蒸着用メタルマスクだ。

 スマホ用有機ELの解像度は現在、5.5インチクラスで400ppi程度であり、同サイズのLTPSに遠く及ばないが、「3D用に1000ppi、VR(仮想現実)端末用に2000ppiがほしいという要望があると聞いている」(ディスプレー部材メーカー担当者)といい、現在のところ3つの方式で製造されるメタルマスクが開発競争にしのぎを削っている。その3方式とは、(1)エッチング、(2)電鋳、(3)ハイブリッドである。

FMM成膜工程で使われる

 まず、メタルマスクの使われ方を解説する。
 現在量産されているスマホ用有機ELディスプレーは、そのほとんどが有機EL層の成膜に真空蒸着方式を採用している。この成膜工程において、RGBそれぞれの発光材料を色ごとに塗り分けるため、ガラス基板やフレキシブル基板に対向してメタルマスクを配置することで、マスクパターンに応じて任意の位置にRGBの発光材料が成膜される仕組みになっている。この方式を一般的にFMM(Fine Metal Mask)と呼んでいる。

 より高精細・高解像度な有機ELディスプレーを製造するには、このFMM成膜工程において、メタルマスクの開口部を微細に加工して、きめ細やかにRGBを塗り分けることができるようにする必要があり、かつ正確な位置にRGB発光材料を蒸着させるため、ガラス基板と精密に位置合わせすることが求められる。

 現在のスマホ用有機ELディスプレーは、第6世代(6G=1500×1850mm)の基板を半分にカットした「6Gハーフ」と呼ばれるサイズで蒸着工程を行っている。従来はもっと小さなガラスにしか成膜できなかったが、6Gハーフまで基板サイズを大型化できたことで量産効率が上がり、LTPSとほぼ同等にまで製造コストを下げることができるようになった。基板の大型化に伴い、FMMに用いられるメタルマスクも大型化してきたのだが、メタルマスクが難しいのは「伸びても重くてもいけない」という制約があるためだ。

真空蒸着工程の模式図
真空蒸着工程の模式図

伸びても重くてもいけない

 真空蒸着工程では、有機EL材料を加熱して気化させ、これをメタルマスクの開口部を通して基板に成膜する。しかし、このプロセス温度によってメタルマスクが大きく熱膨張してしまうと、大型マスクであればあるほど成膜位置のズレが大きくなってしまい、RGBパターンがきれいに形成できなくなる。これが有機ELディスプレーの量産に大型基板を採用するのが難しい理由であり、メタルマスクには「熱膨張を極力小さくする」ことが強く求められるのだ。このため、現在主流のメタルマスクには、熱膨張が小さい合金であるインバー材が主に使用されている。

 また、高効率・高スループットで有機ELディスプレーを製造するには、RGB発光材料の成膜時間を短縮することはもちろん、基板やメタルマスクの搬送時間を短くする必要がある。そして、短時間で正確な位置合わせを可能にするには、メタルマスク(マスク固定用のフレームも含む)が重すぎてはいけない。重いと、搬送用のロボットアームに高い剛性が求められるし、慎重な搬送に時間を要するからだ。

 「精密なパターン加工ができ、熱膨張せず、軽い」。これが高精細・高解像度な次世代スマホ用有機ELディスプレーの製造に求められるメタルマスクの理想像なのだ。

現在の主流は「エッチング方式」

 現時点で、スマホ用有機ELディスプレーの量産に用いられているメタルマスクは、すべてエッチング方式で製造されている。参入メーカーは、大日本印刷(DNP)、凸版印刷、台湾のDarwin Precisions(達運精密工業)。このなかで、スマホ用有機ELディスプレーの大半を量産している韓国サムスンディスプレーにはDNPが供給しているといわれ、メタルマスク市場で圧倒的なシェアを誇っている。Darwinは、台湾の大手ディスプレーメーカーであるAUOのグループ会社。AUOの有機ELディスプレー生産量はまだ少量だが、台湾HTCが開発・販売しているVR端末「VIVE」向けに供給しているとされる。

 DNPは16年5月、メタルマスクを増産すると発表し、20年までに広島県の三原工場に60億円を段階的に投資して、生産能力を現状の3倍に引き上げる。有機ELディスプレーメーカーの積極的な設備増強計画に対応し、生産能力の拡張でシェアを拡大して、20年に売上高300億円を目指す。同社は電子デバイス産業新聞の取材に対して、「現在は技術の完成度からエッチング方式で製造しているが、さらなる高精細化への開発を継続して行っている」と述べている。

電鋳は「デザインの自由度が高い」

 電鋳方式の利点は、基材に金属を盛り上げて形成するため、開口部のサイズやデザイン、マスク全体の厚みを調節しやすい点にある。参入メーカーは、アテネと日立マクセル。アテネは、電鋳技術を用いてレコードを大量にプレスするスタンパーを製造していた企業として知られ、雑誌の付録などでよく見かけたフォノシートは、ほとんど同社のスタンパーで製造されていた。この原版製造技術をメタルマスクに応用展開しており、アテネは有機ELディスプレーの量産ラインに採用実績を持つ。日立マクセルは、国内ディスプレーメーカーと共同で電鋳方式によるメタルマスクの大型化に取り組んでいるようだ。

アテネの電鋳マスクパターン
アテネの電鋳マスクパターン
 アテネは、低熱膨張の電鋳材料として、京都市産業技術研究所と共同でFe-Ni合金を開発した。これに得意とする電鋳生産技術を組み合わせ、厚さ5μmを実現できるFe-Ni合金製の薄型メタルマスクの開発に成功している。一般的なNi-Co合金を用いて電鋳で作成したマスクに比べて、熱膨張率を半分にできる。同社が実施したヒーティング試験によると、一般的なNi-Co合金マスクは130℃に加熱すると著しいたわみが生じるが、Fe-Ni合金の電鋳マスクにはたわみが生じなかった。磁性に関してはインバー材と同等であり、従来のNi-Co合金を使用した電鋳マスクよりも強い磁性を有している。

ハイブリッドは「とにかく軽い」

 ハイブリッドメタルマスクは、樹脂と金属を組み合わせたものだ。ブイ・テクノロジーが実用化を進めており、16年に開催された「第26回 ファインテックジャパン」に参考出展した。同マスクは、厚さ5μmのポリイミドフィルムに同社製のレーザーパターニング装置で開口パターンを形成後、ニッケル層を電鋳技術で形成し、開口した後にサポートメタルで周囲を保護した構造を持つ。樹脂と金属のハイブリッド構造によってマスクを薄くできるため材料の抜けが良く、既存マスクでは±3μmといわれる成膜の位置精度を±2μmに向上することができる。画素の開口位置精度も±1μmを実現しており、6インチで738ppiのパターニングを可能にした。

ブイ・テクノロジーのファインハイブリッドマスク
ブイ・テクノロジーのファインハイブリッドマスク
 既存マスクはインバー材で製造され、これにテンション(張力)をかけてマスクフレームに強固に溶接されているが、ハイブリッドメタルマスクはテンションが不要。このため、マスクフレームを含めた重量を大幅に軽量化できる。このマスクの製造には同社製レーザーパターニング装置を用いるため、同社がマスクサプライヤーとして展開することや、同装置やマスク製造ノウハウを供与することなど、事業化に向けて様々な可能性を検討している。

19年に市場は4倍へ

 調査会社IHS Markitは、有機EL用ファインメタルマスク市場が16年の2億500万ドルから19年には8億200万ドルへ4倍に拡大すると予測している。ディスプレー各社が今後数年間で有機ELの生産能力を大幅に拡大すると目されるためで、特に18年以降に6G用マスクの需要増が市場拡大の牽引役になるという。同社の調べによると、16年末時点ではサムスンディスプレー向けがマスク市場の大部分を占めているが、19年にはサムスン以外のパネルメーカーがマスク市場の1/3を構成するようになると予測している。

 有機ELディスプレーはこれまで、ほぼサムスン1社が開発し、量産を立ち上げ、市場を開拓してきた。ゆえに、サムスンが量産に用いたプロセスや装置・部材が事実上の業界標準と考えざるを得ないのが現状だが、有機ELディスプレーへの参入メーカーが増加し、ディスプレーの高精細化・高解像度化が進む今後は、様相が変わるだろう。3方式いずれにも大きな成長のチャンスがある。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

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