シャープが台湾の鴻海精密工業の傘下に入って約半年が過ぎた。新社長に就任した鴻海グループの戴正呉副総裁が主導する構造改革効果によってシャープの収益性は大きく改善し、2016年度第3四半期には営業損益、経常損益、最終損益ともに黒字転換を果たした。主力のディスプレイデバイス事業(液晶テレビおよび液晶パネル)においても営業黒字に転換し、経営再建フェーズから成長軌道にシフトしていく姿勢を鮮明にした。果たして鴻海グループの下でシャープは今後どのような事業戦略を進めていくのか。16年末から相次いで打ち出されている大型液晶工場プロジェクトと併せ、現状と今後を考察したい。
「シャープは日本の会社です」
16年4月の提携発表会見にて、
シャープへの強い期待を語る
鴻海テリー・ゴウ会長
鴻海がシャープに出資することがほぼ確定となった1年前には、「鴻海はシャープの液晶事業だけが目的で、ほかの事業は売却、解体されてしまうのではないか」「シャープという企業そのものが消滅してしまうのでは」という懸念が囁かれていた。16年4月の資本業務提携締結の席において、鴻海のテリー・ゴウ会長はその見方を強く否定し、シャープの従来の枠組みを変えることなくシャープブランドとして再建していく方針を強調した。その後、メディア報道では「シャープ解体説」はほぼ影を潜めているが、水面下では依然として疑念が燻っていると思われる。
だが、ここ半年余りの過程を見ると、「シャープ解体」は杞憂でしかないと断言できよう。戴社長はシャープの従来事業の撤退、売却などは行わず、各事業を強化していく方針を打ち出している。一度売却した欧州テレビブランドを買い戻すなど、弱体化したブランドの再建も進めている。今後、個別の製品や事業において見直しが行われる可能性はゼロではないが、シャープを従来の姿のままで再成長できる企業にするという鴻海の方針に偽りはない。テリー会長は提携締結時の会見で「シャープは日本の会社であり、それはこれからも変わらない」とコメントしており、戴社長もそれに沿う発言をしている。鴻海にとってシャープブランドは価値のある存在であり、日本企業としての地位を保ったまま一体的に再建する意義は十分にあると考えているのだ。
鴻海グループの「開発センター」に
戴社長体制の下でシャープはどう再建されているのだろうか。就任後、戴社長はまず早期の黒字化を打ち出し、鴻海グループの購買、物流ルートを利用したサプライチェーン最適化による収益改善策を進めた。また、人員削減こそ否定したものの、子会社の再編や拠点再構築、人員再配置などの施策を実行。サブビジネスユニットの立ち上げや成果報酬型人事制度の導入による責任の明確化、信賞必罰の徹底などの改革を進めた。人事制度改革による影響が出てくるのはこれからだが、当面の目標である黒字転換を果たせたことは再建が進んでいる証と言えるだろう。
一方、今後の成長に向けた方向性はどうだろうか。シャープは16年11月に新たなコーポレート宣言「Be Original.」を発表した。創業者精神である「誠意と創意」の継承と、独自の製品を作り続けることで顧客のための「オリジナル」を提供し続けていくという意味が込められている。この言葉からも分かるように、戴社長はシャープがもともと強みとしていた独自技術やユニークな製品を次々に生み出す「開発センター」としての側面をより強化しようとしていることがうかがえる。新規事業創出のため社長権限で投資ができるファンドの創設や、ヘルスケア・メディカル事業の分社化といった取り組みもその姿勢の表れだ。また、「液晶パネルから製品までの垂直統合」も謳われており、これまで分散しがちであった各事業の連携を進め、総合力を発揮していくとしている。
ただ、大枠の方向性は打ち出されたものの、個別事業における戦略については依然として不透明感がある。戴社長はかねてシャープの再建にめどが立ち、東証一部への復帰を果たしたら社長を退いて日本人に委ねると公言している。17年度初頭に公表するとしている中期経営計画においては事業部ごとの戦略も具体的に打ち出されるものと予想されるが、それらを推進する「ポスト戴体制」の役割は重大だ。鴻海はグループの中にあってもシャープが独自性を打ち出していくことを求めていくと考えられ、次期経営陣は自立した経営と成長を両立しなければならない。営業黒字転換を果たしたとはいえ、16年度第3四半期における売上高は前年同期比13.8%減、主力のディスプレイデバイス事業は同23.3%減と大幅に落ち込んだ状態であり、売り上げを伸ばすための施策が必要な状況に変わりはない。
ディスプレーは鴻海との連携深める
家電やビジネスソリューションなど、各事業を総合的に発展させていく方向性を掲げるものの、シャープにとって主力のディスプレイデバイス事業が重要な地位を占めていることに変わりはない。鴻海も出資当初からシャープのディスプレー事業に強い期待を寄せる。鴻海グループとシャープは12年から10G液晶工場の堺ディスプレイプロダクト(SDP)を合弁会社(正確にはゴウ会長所有の投資会社との合弁)として共同運用しており、液晶事業における連携には数年の実績がある。基本的に今後の両社の連携は、SDPにおける実績をさらに発展し、応用展開させていく方向に進むだろう。
シャープを傘下に収めた後、鴻海はSDPからのパネル調達を拡大するとともに、韓国サムスン電子など既存の大手顧客への外販を打ち切る方向に舵を切っている。サムスンとの取引はシャープが経営危機に陥った時期に拡大してきた経緯があり、価格面では非常に不利であったと考えられる。これら収益性の低い外販を止め、鴻海が高価格でパネルを買い取っていることが、シャープの利益改善に大きく寄与しているとの関係者の指摘もある。シャープが海外市場において液晶テレビの再攻勢に動いていることも、液晶パネルとテレビを垂直統合で強化していく戦略の表れと言える。
また、シャープはSDPのある堺事業所と三重事業所(三重県多気町)で4.5Gの有機ELディスプレー試作ラインを整備しているが、基礎、量産化技術の開発に注力する一方で自社での量産化には慎重な姿勢を示している。鴻海は中国で有機ELディスプレー工場の整備を計画しているとの報道があるが、シャープが開発した要素技術を移管していく戦略であると考えられる。液晶パネルについても開発した技術を海外に展開する、という方向性が主流になりそうだ。
海外大型液晶工場の成算は
16年末~17年初頭にかけて、鴻海およびシャープが中国と北米で大型液晶工場の整備を計画しているとの報道がなされ、関心を集めている。中国ではSDPが主体となり、広州市に10.5G工場を建設する。約1兆円規模の投資を行い、19年内の稼働を目指している。SDPで開発した局所アニール技術を用い、大型IGZOの量産化を目指しているとの情報もある。16年末に広州市政府と投資協定を結んでおり、かなり具体化が進んでいるもようだ。
一方、北米でも大型液晶工場の建設を計画していることが報じられた。17年内にも着工し、20年の稼働を目指すとする。ただし、シャープによれば「建設する、しないも含めて検討に入った段階」であり、稼働時期などについても「仮に建設するならばこうしたい」という願望の域を出ないという。このほか、インドにおいても液晶工場建設を検討しているとの報道もある。
ただ、これらの実現のハードルはかなり高い。表は直近で判明している10G規模の大型液晶工場建設計画だが、18~19年にかけては先行して進む中国BOEとCSOTの工場稼働が控えている。また、韓国LGディスプレー(LGD)や中国HKCも大型液晶工場を計画しているとされる。鴻海とシャープの広州新工場はこれらの計画とバッティングすることになる。その際に懸念されるのは製造装置や部材の供給だ。特に生産が追い付かなくなると言われているのが露光装置で、先行するBOEやCSOT向けに製造するだけでメーカーの能力は限界だとの見解を示す業界関係者は多い。また、製造装置を確保できたとしても、液晶用ガラスなどの供給が逼迫するとの見方も出ている。装置、部材メーカーは大型投資ラッシュが過ぎた後の反動減を見越して生産能力の拡充には慎重になっており、鴻海・シャープが稼働目標に向けて装置や部材を確保するにはサプライヤーに優位な条件の提示が求められよう。
北米での大型液晶工場となると、さらに難易度は跳ね上がる。トランプ政権の米国内雇用促進施策が今後どう展開するかにも不透明感があるが、仮に米国当局の全面的なバックアップが得られたとしても、そもそも米国内には液晶パネルを製造してきた歴史がなく、サプライチェーンが存在しない。装置や部材メーカーの多くは新たに進出ないしは現地拠点を拡充しなければならず、それぞれの事業に要する物流ルートや協力会社の開拓など多大な前準備を要する。さらに、米国内で液晶パネル製造に従事できるエンジニアを雇用することも容易ではない。これらの課題をクリアし、新工場を立ち上げて中長期的に収益を確保できるスキームを組むことは果たして可能だろうかというと、疑問符が付く。インドにおいても同様の課題があり、液晶パネル工場の実現可能性は非常に低いと言わざるを得ないだろう。
カギを握るサプライヤー対応
今後、鴻海とシャープがこれらの計画にどの程度踏み込んでいくにせよ、競合他社とのリソース争奪戦に打ち勝って早期の工場稼働、市場シェア獲得を果たすためには装置や部材メーカーの協力が不可欠だ。ただ、大規模投資計画を相次いで打ち出しているにもかかわらず、「要請があれば条件次第で協力する」(大手装置メーカー関係者)とサプライヤーの反応は冷めている。前述した計画の困難さはもちろんだが、原因はそれだけではない。
筆者は16年5月13日付の「電子デバイス新潮流」において、シャープが経営危機に陥った間接要因としてサプライヤーに無理難題を押し付けたり責任転嫁する悪習があったことを指摘した。鴻海の傘下に入って危機を脱すれば関係修復に動くことが期待されたが、現状ではその兆しはない。逆に「以前よりさらに悪くなった」(製造設備メーカー関係者)という声すら聞こえてくる。
戴社長は16年11月の決算発表会見において、「シャープには不平等な契約がたくさんあり、これを是正する」と述べていた。確かに前述したサムスンへの液晶パネル販売など、シャープは経営危機の最中にやむなく不利な条件で結んだ契約が数多く存在し、それらを見直すことは正当な動きだろう。ただ、同時に発した徹底したコストダウン、固定費削減といった収益改善策と併せ、現場レベルではサプライヤーへの負担押し付けまでが正当化されてしまったと考えられる。この状況を放置したまま、装置や部材供給において競合他社より優遇を求めたとしても、理解を得るのは難しい。
SDPからサムスンへの液晶パネル供給停止を巡っては、サムスンが発注に基づく供給の履行と損害賠償を求めてシャープ、SDP、販売窓口の黒田電気の3社を相手取って仲裁を申し立てている。鴻海とシャープはディスプレー市場において競合他社との正面対決を厭わない姿勢を見せているが、サムスンやBOEといった強大なライバルとの戦いにおいてサプライヤーの支持を得られなければ先行きは苦しい。シャープの経営再建に一定のめどが立ち、成長軌道への回帰を目指す今こそ関係再構築を図るべきだ。そうすればディスプレー、装置、部材が連携した業界一体の振興にもつながるだろう。
電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村剛