電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第184回

中小ITソフト業界に見るM&A事情


~攻めのM&Aが大事に~

2017/2/10

技術革新の大きなうねりが背景

 2016年のITソフト業界におけるM&A(企業合併・買収)件数は、3年連続で過去最高を更新した(グラフ参照)。この背景について、中小企業のM&Aの仲介・支援実績では業界トップを誇る日本M&Aセンターの専門コンサルタントで、同社業界再編部シニアディールマネージャーを務める瀬谷祐介氏によれば、IT業界におけるIoTなどの大きな技術革新の潮流に加え、多重下請け構造による低収益性といった業界固有の問題が根深いと分析する。


 もともとITソフト業界は、大型設備投資を必要とせず、比較的、小資本で起業が容易ということもあって事業者数も多い。また、ソフト開発事業者は多数のビジネスパートナーを擁しており、潜在的にM&Aが起きやすい構造にあるといえる。

 M&Aを積極的に活用することで、ITソフト業界の経営力の安定につながり、ひいては競争力向上につながることを同氏は強調する。

 現在、IT業界における技術のブレークスルーが同時多発的に起きており、これが同業界のM&A件数を過去最高水準へと押し上げている。具体的には、IoTをはじめ、集まった大量のデータを分析し、新たな価値を生み出すビッグデータ処理、プロの碁棋士を打ち負かすまでに進化した人工知能(AI)やロボットなどの技術革新の動きを目の当たりにすれば、早晩、社会や産業構造、就業構造を劇的に変えていく可能性を誰しも予見できる。

 さらにインダストリー4.0に代表される「第4次産業革命」とも言える、個々のニーズに合わせたマス・カスタマイゼーションの新たなものづくり時代も到来する。個々のサービス・商品であっても、1人1人お気に入りの製品を低コストで手に入れられる社会がそこまで来ているのだ。

 加えてIT技術者の人材不足も背景にある。実に9割の企業で人材が不足しており、ITやエンジニアの不足はますます深刻化しそうだ。今後、冒頭に挙げた未曾有の技術革新と第4次産業革命の到来が迫るなか、より専門性の高い高度な人材が求められるにも関わらず、最大で80万人もの人材が不足するという(経産省のIT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果)。業種別の転職求人倍率もIT・通信の業種が全業種の中で軒並み高いのだ。ITソフト業界では人材の“需要”に“供給”が全く追いついていない。

多重下請け構造からの脱却

 前述の瀬谷氏によれば、このITソフト業界の再編のより具体的な要因として、ITソフト産業界の独特の多重下請け構造を指摘する。同業界は、労働集約型の中小企業が多く、一部の元請けからの非効率的な丸投げによる仕事の流れを見直すべき時期にきているのだという。国も生産性や競争力の向上を目指すためには業界再編が不可欠として、法制度などの見直しにも踏み込んでいる。特に、改正労働者派遣法の施行などだ。ある一定以上の事業規模がないと淘汰されてしまう可能性が高くなり、このため中小の多い同業界ではM&Aが増えているのだ。

 今後、IoTによる産業・社会構造の一大転換が進むなかで、IT化の担い手として労働集約型の企業は、生産性や競争力の向上を図らないと生き残れないということだ。例えばM&Aを通じてマンパワーを充実させ、効率的に仕事をこなすことで安定経営につながる。これを察知した企業はいち早く生き残りのため動き出している。

戦略的なM&Aでさらに成長

 経営者の中には、いまだにM&Aに対して身売りや乗っ取り、従業員のリストラ、といった負のイメージを抱く人も多いと思うが、今はそうした考え方ではやっていけないと瀬谷氏は強調する。

 例えば、日本M&Aセンターが手がけた事例で、(株)ソフトビジョン(東京都)と(株)ウィズソフト(大阪府)のケースがある。「未来への展望を描くなら若い力に託してみたかった」と譲渡企業の社長の決断が、次の成長への道を切り開く。従業員が倍増した同グループは3期連続で増収増益を達成し、グループ売上高はM&A前の4倍に拡大した。1社では実現できなかったことが可能となった事例だ。会社が好調なうちに永続する方法をM&Aにより見つけ出した。

 瀬谷氏は「業界再編」や「M&A」とはビジネスが変わること、と定義している。1人や1社では実現できなかったことを「集まる」ことで実現が可能という。その具体的な例として、09年にマツダレンタカーを買収した「パーク24」を例に挙げている。駐車場を大量に集めたことで、カーシェアという新たな成長ビジネスを創出した。パーク24は16年も過去最高益を稼ぎ出したという。

 さらに会社を発展・成長させるためにはM&Aを有効活用すべきなのである。それが従業員にとっても、取引先にとっても理想のM&Aと言える。業績が悪いために会社を売るのではなく、「優良な会社しか高く売れない」ということを再認識すべきなのだ。

 一方、ITソフト業界のM&Aもそろそろピークを迎えるという。その背景・根拠は、マイナンバー制や日本郵政グループなどによる大型のシステム開発の特需が一服するためと指摘する。マイナンバー制の導入に関するシステム構築などのため、過去3年間だけでも約3000億円、日本郵政グループでは同5000億円弱の投資が大型システム整備・導入に向けられ、このうちの一部は17年も継続するという。今後、東京オリンピックも控え、関連するセキュリティーなどのシステムの特需が期待されるものの、そろそろピークアウトするとの見立てだ。こうした大型案件のシステム導入の動きが一段落すれば、確かに高水準にあるITソフト業界のM&A需要に水を差すことは間違いない。新たにM&Aを検討する傾経営者は、将来的な見通しをしっかり把握したうえでM&Aの仕掛け時も大事になる。

電子デバイス産業新聞 副編集長 野村和広

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