2014年のノーベル物理学賞における、青色LEDの受賞をいまだに鮮烈に記憶している業界関係者は多いことだろう。当時、取材の折にLED関係者からは多くの喜びの声を聞いたが、反面「これをきっかけにLED市場が活発化すると思うか」と尋ねると「それは別の話。今からは難しいだろう」という意見が大勢を占めていた。それもそのはず、青色LEDは急速な価格低下や台湾、中国メーカーの台頭もあって、もはや日本メーカーが新たに事業を拡大させる領域ではなくなっているのである。そんな市場環境にあって、国内生産を主力としながら成長を続けているLEDメーカーがある。青色LEDのリーディングカンパニーとして知られる日亜化学工業だ。
年率10~20%の価格下落続く青色LED市場
青色LED市場は液晶テレビのバックライトのLED化やLED照明の登場、スマートフォン(スマホ)の拡大などを追い風に、年々拡大している。その一方で、海外メーカーの参入拡大による供給量の増大によって、大幅な価格下落が続いている。LEDメーカー関係者によれば、スマホのバックライトや一般照明用のハイエンドLEDにおいてもここ数年は年率10~20%ものペースで下落しているという。価格下落は性能の向上と反比例しており、電子デバイス産業新聞15年7月23日号のLED特集によれば、13~14年の2年間に昼白色LEDの発光効率は15%以上向上した一方で、価格は77%下がったという。
市場そのものは拡大が続いていても、性能向上ニーズと価格低減圧力が同時に強まっている状況下で、戦えるメーカーは限られてくる。照明器具メーカー最大手でLEDチップの製造でも世界第4位に位置していたフィリップスは、15年にLEDおよび車載用照明事業を売却し、これらの事業から撤退した。また、SiCウエハーをベースとした独自のLED展開で知られる米クリーは、14年に台湾の大手LEDメーカーであるレクスターと資本業務提携を結んだ。レクスターはサファイアウエハーベースのLEDメーカーであり、クリーがSiCベースLED特化から戦略を転換した表れではないかと見られている。
日本国内でも一時はLED事業を強化する動きが相次いだが、過当競争によりトーンダウンしている。東芝は12年にシリコンウエハー上にGaNを結晶成長させて低価格のLEDを実現する技術により新規参入して注目を集めたが、15年の不正会計問題を受けた構造改革の一環で同年度末までに事業を終息させることを明らかにした。13年に米企業から技術資産を買収するなど強化を図っていたが、業績は低迷したままだったと見られる。また、日亜化学と並ぶ青色LED実用化の立役者である豊田合成は、12年度に約550億円だったLED事業の売上高が14年度に約400億円に落ち込んだ。収益性改善のために意図的に不採算分野から撤退したこともあって営業利益は回復しているが、10年度に約100億円、11年度に約40億円を投じた設備投資は12年度以降に年間十数億円で推移しており、守りの姿勢を余儀なくされている。ほかの国内LEDメーカーも高付加価値路線で利益を重視する戦略を採っており、事業規模を拡大させる動きは見られない。
日亜の営業利益はV字回復
では、このような市況にあって、日亜化学はどのように事業展開してきたのだろうか。グラフ1は10~14年度までの光半導体事業の売上高と営業利益をまとめたものである。同事業はLEDに加えてレーザーダイオード(LD)を含むが、ほとんどが青色LEDと見て間違いない。この間、光半導体事業の売上高は安定して伸長を続けていることが分かる。一方で営業利益は10~12年度まで下落しているが、13年度からV字回復している。14年度の営業利益率は約30%に達した。
営業利益がV字を描いた1つの大きな要因は、為替の影響と考えられる。同社はLED製造拠点の大半を国内に持つため、1ドル80円の円高が続いた12年までは営業利益が押し下げられていた。それが13年以降の円安進行によって回復に転じたのは説明として分かりやすいが、それだけを理由にすることは適切ではない。グラフに見られるように営業利益が低下していた間にも売上高は安定して増大を続けている。筆者はこの間の戦略こそが営業利益のV字回復につながったと考えている。
競争激化の中で積極投資を継続
11年、当時の同社副社長である田崎登氏が、本紙(当時は半導体産業新聞)の取材に応じてLED事業の中期的な戦略について語った。その中で、氏は市場の拡大に対応するための供給能力増強の重要性について述べている。グラフ2は、同社の設備投資の推移をまとめたものである。電池材料などで構成される化学品事業も含まれるが、例年の投資額の大半はLED向けだ。近年のピークである11年度には826億円を投じ、本社工場敷地内に複数のLED製造関連の新棟を建設するなど、大規模な投資を実施した。その後の営業利益の落ち込みにも関わらず、13年度は341億円の投資を行っている。11年のインタビューで田崎氏は、市場の拡大に併せて投資を行うことをためらったばかりに、韓国勢に抜かれてしまったDRAMの例を挙げ、その二の舞にならないように投資を継続すると話している。同社の投資戦略はその言葉どおりに推移しているといえよう。
また、苦境にあってもスピードを緩めない姿勢は販売面にも表れている。同社は非上場だが、有価証券報告書において決算情報を開示している。営業利益が底となった12年度の報告書には、LEDの売上高は増大したが競合との価格競争に積極的に対抗したため営業利益は落ち込んだ、という記述がある。円高が進行していたこの時期に海外メーカーと価格競争を行うことは相当な利益面のリスクを意味したはずだが、同社はブレーキを踏まずにあくまでシェアを堅持することを選んだ。この際の踏ん張りがなければ、13年度からの円安進行局面においてV字回復を遂げることは難しかったかもしれない。
性能、コスト競争力も持続的に強化
ただ、冒頭に述べたように、年々チップ価格が下落していく中にあって、いくら円安の追い風を受けてもシェアを維持するだけで収益を向上させることはできない。製品性能やコスト競争力の向上においても、同社は着実に取り組みを進めてきた。光半導体事業における研究開発費用は拡大基調にあり、14年度には250億円を投じた。LEDの成果として、世界最高となる発光効率315.4ルーメン/Wを達成したことを挙げている。同社は自動車のヘッドライトや工場などの高天井用照明に用いられるハイパワーLEDで高シェアを持っていると見られ、高付加価値な最先端分野で市場をリードできる製品性能が高収益につながっている。
コスト競争力の向上においては、まず内製化の徹底がある。本社工場内に製造装置内製棟を持つなど、製造技術を自社内でまかなう方針は装置・部材業界でも知られているが、外部調達が必要な材料などにおいても囲い込みにより競合他社へのノウハウ流出を防いでいる。また、得意とする技術の磨き上げにこだわり、トレンドに流されない姿勢も特筆される。LED業界では近年サファイアウエハーの6インチ化やシリコンウエハーベース技術などが登場したが、同社は依然として4インチサファイアウエハーを主力にし続けている。従来技術を向上させることが、最も競争力強化につながると判断しているのだ。
さらには、特許侵害を決して許さない知財戦略も有名であり、積極的な製造販売と並んで同社の優位性を確保する原動力になっている。
「LED市場の転機」を見据え対応
では、同社のLED事業の今後はどうなるだろうか。16年は青色LED市場の転機になると考えられる。大手調査会社のIHSによれば、LEDパッケージ市場は15年をピークに成長が止まり、縮小に転ずると見込まれている(本サイト連載「グローバル・アイ」15年5月22日記事参照)。これは数量の拡大を上回って価格下落が進むためで、スマホ市場の成長鈍化によって搭載アプリの中心も液晶バックライトから一般照明にシフトすると予想されている。このため、LED市場ではこれまで以上に生き残りのための熾烈な競争が繰り広げられることになる。
実は同社は以前からこの事態を予測していた。11年のインタビューで田崎氏は15年ごろには液晶バックライトの拡大が落ち着き、その後は照明用が中心になるという見通しを示していたが、これはIHSの見立てと一致する。となれば、同社がアクセルを緩めることなく積極果敢にLED事業の拡大を進めてきたのは、まさに16年以降の市場環境を見据えてのことだと言える。今後バックライト用に代わってハイエンドLEDの主役になる照明や車載分野においても、同社が大きなポジションを占めていくことは想像に難くない。
また、「ポスト青色LED時代」に向けた準備も着々と進めている。今後の産業用市場で需要拡大が期待される紫外光LEDのハイパワー品をラインアップしているほか、車載用LDの開発も強化している。LDは光ディスク市場の縮小に伴って減退傾向が続いているが、車載用やプロジェクター用などの新たな用途が立ち上がれば再び拡大も期待できる。同社はプロジェクター用の緑色LDの開発にもいち早く取り組んでおり、次世代に向けた準備に余念がない。
青色LEDの実用化から約20年もの間、同社はLEDのトップメーカーとしての地位を確固たるものにしてきた。今後も研究開発、製造、販売、知財戦略が一体となった取り組みで市場をリードし続けることだろう。
電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村剛