電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第114回

量子ドット材料、市場拡大真っ只中


液晶からLED、医療分野へ

2015/9/25

 量子ドット材料の産業応用が本格化してきた。先鞭をつけたのはソニー。2013年に液晶テレビ「トリルミナスシリーズ」に採用し、液晶の課題である色域を高め、注目を集めた。これを皮切りに液晶テレビへの搭載を検討するメーカーが続々と登場し、15年下期はテレビ各社から続々と搭載製品が登場しそうな情勢にある。価格下落が著しく、4K化以外に目新しい訴求ポイントに乏しい液晶テレビ各社は、量子ドットによる広色域化を全面的に打ち出してきており、「次世代は有機EL」という認識を振り払って液晶を延命化する対抗技術の1つとしても期待されている。

 そもそも量子ドット材料とは、直径が10nm以下の半導体微粒子を指す。要するに、カドミウム(Cd)系やインジウム(In)系の金属微粒子である。こうした粒子はUVなどの単一波長で励起されて発光する。粒径の違いによって青や緑、赤に発光色が変わるため、可視光領域の発光材料として利用できる。励起光を長期間照射してもほとんど退色しないが、酸素にさらされると材料の表面が酸化されて所望の性能が出なくなるため、安定して性能を発揮させるための実装(封止)技術に工夫が必要。また、人体に有害であるCdを使うケースがあるため、Cdの使用量を規制の基準値(例えば100ppm)以下に低減する取り組み、あるいはCdフリーの材料を開発する努力が求められている。加えて、現在はまだまだ高価な材料であり、製造コストの低減も求められている。

 ちなみに、現在の量子ドット材料の使い方として、(1)量子ドット材料を塗布したシートを導光板や拡散板の上に搭載するOn Surface方式、(2)スティック状のガラスや樹脂で量子ドット材料を封止してバックライトと導光板の間に置くOn Edge方式、(3)青色LEDチップ上に直接実装するOn Chip方式の3つが知られている。ソニーがトリルミナスシリーズに採用したのは、米QD Vision製の量子ドット光学コンポーネント「Color IQ」を用いた(2)の方式である。

 量子ドット材料の活躍の場は、液晶ディスプレーだけにとどまらない。LEDと組み合わせて使用すれば、演色性の高いLED照明を実現できる。太陽電池への応用も可能であるほか、熱電変換材料として活用することも検討されている。また、バイオイメージング分野での利用も見込まれている。実際に、量子ドット材料メーカーの英Nanoco Technologyは09年からUniversity College Londonと量子ドット材料を用いたがんの生体内イメージングに取り組んでおり、英国のイノベーション機関から30.8万ポンドの助成金を受けている。こうした応用分野の広さから、調査会社のMarketsandMarketsは14~20年の量子ドット材料市場の年平均成長率が63.6%となり、20年には47億ドルに達すると予測している。

液晶用ではサプライチェーンの整備進む

 量子ドット材料の需要拡大を当面牽引することになる液晶市場では、ディスプレーメーカー、材料メーカー双方が実用化に向けて活発に動いており、量産採用に向けたサプライチェーンも整ってきた。

MerckがTouch Taiwanに展示した広色域化のソリューション)
MerckがTouch Taiwanに展示した
広色域化のソリューション)
 材料メーカーの中では、液晶材料の世界最大手である独Merckが積極的だ。同社は近年、トップシェアの液晶材料に加えて、有機EL材料や量子ドット材料などの強化を進め、FPD総合材料メーカーとしての体制を整えつつある。有機EL材料については、韓国・平澤市に700万ユーロを投じてアプリケーションセンターを開設したほか、ドイツでは約3000万ユーロを投じて有機EL材料の新工場を建設すると発表し、18年までにリーディングサプライヤーになるという目標を打ち出した。
 量子ドット材料については、イスラエルの量子ドット材料メーカーQlight Nanotechを完全子会社化。Qlightは自社の量子ドット材料を用いた輝度向上フィルム「ABEF」も開発しており、ラインアップをさらに拡充することになる。8月末に台湾で開催された展示会「Touch Taiwan」で、Merckは現在の液晶パネルの色域NTSC比72%を、LED用蛍光体の改善で88%に、有機EL材料で100%に、量子ドット材料(Quantum Rod)で130%に高められるという趣旨の展示をした。

 テレビメーカーでは、韓国LG Electronicsが熱心だ。LG Electronicsは、次世代テレビとして有機ELを前面に打ち出す一方、量子ドット材料を用いたプレミアム液晶テレビのラインアップ拡大にも前向き。これをサポートしようとしているのが、Nanoco Technologyとその生産パートナーである米Dow Chemicalだ。Nanoco TechnologyはCdフリーの量子ドット材料を事業化しようとしており、現在は英ランコーン工場で少量を自社生産しているが、14年12月にDowとディスプレー向けにライセンスパートナー契約を締結。Dowの韓国・天安工場で委託量産の準備を進めるとともに、15年1月にはLG ElectronicsおよびDowの3社でパートナー契約を結び、LGのUHD液晶テレビに採用されることが決定した。LG Electronicsは、UHDの「ColorPrime TV」シリーズとして、この量子ドット材料を用いた55インチ&65インチテレビを米国で発売するという。

AUOがTouch Taiwanに展示した4K曲面85インチのALCD)
AUOがTouch Taiwanに展示した
4K曲面85インチのALCD)
 ディスプレーメーカーでは、台湾AU Optronics(AUO)が本格採用に動いた。AUOは先ごろ、米3Mと新たな技術提携を結ぶと発表。3Mが製造している量子ドットフィルム「Quantum Dot Enhancement Film」(QDEF)を採用したNTSC比100%以上の広色域パネルをALCD(Advanced LCD)として展開していく。このQDEF向けに量子ドット材料を供給しているのが米Nanosysだ。Nanosysは需要増に対応するため、シリコンバレー本社工場における量子ドット材料の年産能力を、60インチ4Kテレビ600万台分をカバーできる25tに倍増した。先ごろ米国環境保護局(EPA)の新化学物質プログラムのレビュープロセスを完了し、本格的な量産に踏み出す承認を得た。

 このほか、サプライチェーンに絡んだ動きとして、QD Visionは中国バックライトメーカーのシャインオンホールディングス(易美芯光科技)と協業し、これを通じて液晶パネル中国最大手のBOEへ供給する。また、中国のテレビメーカーであるコンカ(康佳)や、Seikiブランドを展開しているTongfang Global(精華同方)にも供給する予定。Nanosysは、3Mに次ぐ2番目のQDEFサプライヤーに韓国のLMSを選定している。

LED用へ耐熱性の向上進む

 LEDへの採用、いわゆる前記の(3)の方式に量子ドット材料を採用するにあたって課題になるのが、量子ドット材料の耐熱性である。すでに(2)の方式に対応するため、ある程度の熱に対して耐久性を持つ材料が実用化されているものの、発熱するLEDチップ上に直接コートするレベルには達していなかった。

 これに対応した製品開発をアナウンスしたのが、量子ドット材料メーカーの米Quantum Materialsだ。同社は先ごろ、耐熱性のある量子ドット材料「QDX」の生産能力を拡大したと発表。14年11月にラボの生産スペースを4倍に拡大し、15年6月を目標に連続生産方式の量産ライン立ち上げを進めてきたが、これをスケジュールどおりに達成できたという。
 QDXはCdフリーの量子ドット材料で、260℃の製造プロセスに対応でき、酸化や水分への耐性にも優れる。試験によると、QDXは樹脂やシリコーン、その他のポリマーによる封止プロセスを経ても性能が劣化しなかった。同社の継続的な試験で高温耐性が確認されたことにより、ディスプレー用途に加え、今後は照明用LED製造プロセスにも量子ドット材料が採用しやすくなる、と述べている。同社では世界的なディスプレー&テレビメーカー6社に試験出荷を開始し、共同開発を加速しているという。

 また、Nanoco Technologyは、Cdフリー量子ドット材料のLED照明への商用化を進めるため、先ごろ正式に照明部門を発足させた。すでにニッチ照明メーカーのMarl Internationalから受注を得ており、共同開発契約のもと独Osramと実用化を進めていることを明らかにしている。

日本でも実用化へ大型投資

 海外材料メーカーの活躍が目立つ量子ドット市場だが、日本でも大型投資を敢行する企業が登場した。産総研技術移転ベンチャー企業のNSマテリアルズ(株)である。同社は、福岡県広川町および一般財団法人久留米市開発公社と久留米・広川町新産業団地への企業立地基本協定を締結。これに基づき、同産業団地内の敷地3555m²に第1期として500m²の第1工場を建設する。10月に着工し、16年4月から月産6tの規模で量子ドット材料の生産を開始する予定だ。

 同社は、量子ドット材料の粒径コントロールにマイクロ空間化学技術を用いるのが特徴。液状の化合物半導体材料をマイクロリアクター装置で化学反応させ、蛍光波長を任意に制御する。これにより、粒径分布が均一で、高い結晶性を持つ信頼性の高い量子ドット材料の形成が可能で、発光ピーク波長が鋭く、高い色再現性を持った量子ドット蛍光体ができるという。
 14年に開催した発表会では、On Surface方式の32インチディスプレー、On Edge方式の5インチと42インチディスプレーのデモ機を展示した。液晶ディスプレーやLED用に実用化を進めており、BT2020規格を100%実現する広色域、モバイル分野ではNTSC100%以上と低消費電力化を実現する方針だ。

 協定によると、第1工場に続き、16年10月に延べ1500m²の第2工場の建設に着手し、17年12月の操業開始を目指す。第1工場と第2工場を合わせた量子ドット材料の生産能力は月間20tになる見込みだ。
 さらに、並行して生産拠点以外の整備も計画しており、16年7月までに筑紫野市に研究開発センターを開設、また17年には福岡市に本社機能の移転を予定している。同社が福岡県で行う投資は、17年末までに30億円、今後5年間の総額は100億円規模になる予定だ。

市場拡大のカギは「環境性能」

 Nanoco Technologyは、15会計年度(15年7月期)の売上高が200万ポンド(約3.7億円)になったもようだと発表した。これは前年度比40%増という高成長であり、まさに伸び盛りの量子ドット市場の現状を示している。だが、いい話ばかりではない。量子ドット材料には、有害物質であるCdの規制という懸念材料がある。将来的には、RoHSやREACHといった化学物質規制の対象になる可能性がある。

 欧州委員会は15年1月、Cdベース量子ドットについて「電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関するEU指令(RoHS2)」の適用除外を認めた。量子ドット材料を使用することで、液晶ディスプレーの省エネ化につながるとの判断がもとになっている。「Cdの使用を18年6月30日まで禁止の適用除外とすべき」とも述べた。
 一方で、欧州議会議員が5月、除外延長に反対票を投じた。やはり人体への健康被害を懸念する声は根強く、Cdフリー量子ドット材料メーカーを標榜するNanoco Technologyはこの反対票に賛同の声を上げ、人や環境にとってCdフリー量子ドット材料が好ましいことは疑いの余地がない、と応じた。

 日本ではCdに対する抵抗感が強いため、テレビ各社は量子ドット材料を使用せず、高演色LEDで広色域化しようとする動きも盛んだ。調査会社の予測どおりに成長の軌跡を描きたいのであれば、量子ドット材料メーカーは、コストや性能面だけでなく、環境に優しいことをさらに実証していく必要がある。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

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