電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第97回

ミニマルファブがニッポン半導体を救う


狙うは「半導体のパーソナルファブリケーション」

2015/5/22

 「ミニマルファブでファンドリービジネスができないかと真剣に考えているんだが、どう思いますか」。先日、ある方からこう相談を受けた。こうした相談に見るとおり、ミニマルファブに対する半導体業界の見方がポジティブな方向へ大きく変わってきたように感じる。無論、筆者も同様に感じている人間の1人であり、ちょっと大げさかもしれないが、苦境にあるニッポン半導体の救世主になりうるとまで思っている。

ミニマルファブとは

 まず、ミニマルファブについて紹介したい。ミニマルファブとは、0.5インチのシリコンウエハーを用い、幅30cmのウォーターサーバーくらいのサイズのミニマル製造装置群を多数並べて、究極の少量多品種生産を実現してしまおうという、全く新しい半導体生産システムである。これにより、300mmウエハーを用いた最新鋭工場を建設するなら数千億円が必要である設備投資額を1/1000に抑え、わずか5億円で超コンパクトな半導体製造ラインを構築してしまうという取り組みだ。

産総研の原史朗氏
産総研の原史朗氏
 プロジェクトを率いているのは、産業技術総合研究所(産総研)ナノエレクトロニクス研究部門ミニマルシステムグループ長/ファブシステム研究会 代表の原史朗氏。ミニエンバイロメントの専門家である。この原氏を中心に、腕に自信のある半導体関連メーカー100社以上が集結し、それぞれに工程を分担しながらミニマル生産システムの開発に日夜取り組んでいる。2012~14年度の3年間は国家プロジェクトの指定を受け、ロードマップに沿った開発を進めてきた。


モデルルームにずらりと並ぶミニマル装置群
モデルルームにずらりと並ぶミニマル装置群
 産総研内にあるミニマルファブのモデルルームには、前工程から後工程まで、開発中のミニマル装置群70台がずらりと並んでいる。モデルルームは少し前まで1室だけだったが、現在は2室に拡張されている。それだけ装置のラインアップが広がったのだ。このモデルルームは、クリーンルームではない。すでにセミコン・ジャパンなどの展示会場でご覧になった方も多いと思うが、ミニマル生産システムではウエハーをハンドリングする部分だけが局所クリーン化されているため、極端に言えば一般的なオフィス環境下でも半導体を製造できる。大規模クリーンルームを必要としないため、ライン建設費を大幅に抑制できるのだ。


ミニマル生産システムの利点

 次に、ミニマルファブのメリットをいくつか挙げてみたい。まず、半導体を製造するというハードルを大きく下げることができる。現在の半導体産業は、「専用ラインを自社で持つには設備投資が掛かりすぎる」「ファンドリーに生産を委託するにはロットが小さすぎる」という課題に応えるのが難しい。だが、「年間1000個だけほしい」「保守・メンテナンス用に廃番になったあのICがほしい」といった要求に、ミニマルファブならスムーズに応えることができる。「5億円で専用ラインが構築できるなら、自社で持ってもいいかな」という“潜在的な半導体メーカー”は世界中に数多くいると思われ、事実、すでに一部のミニマル装置を購入した企業もいる。

 ミニマル装置はレイアウトが非常に自由だ。装置はウォーターサーバーくらいのサイズだから、移動・移設が簡単。「エッチャーだけ1台追加したい」というレイアウト変更があっという間にできる。モデルルームの床は少しだけ嵩上げされており、ここに電源などのユーティリティーが這わせてあるのだが、装置をキャスターで移動させ、床のアタッチメントにガチャリとマウントするだけでセッティングが完了する仕組みになっている。

取材時にその場でパッケージングのデモを実演していただいた
取材時にその場で
パッケージングのデモを実演していただいた
はんだボール実装前。将来は丸型パッケージが主流に?
はんだボール実装前。将来は丸型パッケージが主流に?
 新材料も採用しやすくなる。現在はまだ0.5インチのシリコンウエハーのみだが、言い換えれば、結晶性の良い領域が0.5インチあればいいのだ。ようやく市場ができつつあるSiCは、言ってみれば、6インチへの大口径化に時間を要してきたがために、実用化が今になった。だが、それが0.5インチで済むとなれば、窒化アルミやダイヤモンドといった次世代材料を用いても半導体を製造しやすくなる。量産に限らず、研究開発のスピードも大きく加速することができるだろう。



日本発の世界規格に

 半導体産業はこれまで、「製造プロセスの微細化」と「ウエハーの大口径化」を黄金律として発展してきた。今後もこの流れは変わらないだろう。現在、世界中に半導体工場は1000ほどあり、このうち約100が300mmウエハーを採用している。これから先、仮に450mmウエハーが実用化されたとして、今後10年で建設される450mm工場はいくつあるか。おそらく五指に足るのではないだろうか。その間、すでにCMOSイメージセンサーやマイコンがそうなったように、多くのデバイスが300mmプラットフォームで製造されるようになり、5インチや6インチでの生産は、競争力のある8インチ工場にシフトする。つまり、半導体の量産は、効率やコストを追求するデバイスは300mmへの集約が進み、あとは「小口径のほうがよほど効率がいい」という特定デバイスだけが4インチなどで作り続けられる。要するに、ウエハーサイズの二極化が今まで以上に明確になっていくのではないかと筆者は考える。

 ミニマルファブプロジェクトは10年にも及ぶ遠大な構想で、現在はまだその途上だ。もちろん、クリアすべき課題も多く、まるで日本で半導体産業が勃興してきた時のような開発を続けなければならないだろう。だが、個人メーカーを総称して言う「Makers」、そのツールとして世界中で大きな注目を集める「3Dプリンター」などを見るにつけ、モノづくりの極小化、ちょっと格好よく言うと“パーソナルファブリケーション”は次世代製造業を支えるキーワードの1つのように思える。現在、半導体は、このパーソナルファブリケーションからは最も遠い存在である。それは、これまで黄金律を追求してきた結果であるのだが、ミニマルファブであれば「半導体のパーソナルファブリケーション」を実現する手段になりうるのではないか。


 Web上にあるツールで個人が半導体を設計し、ボタンをちょっとクリックすれば、日本中にあるミニマルファンドリー工場で即座にICが製造され、10日以内に手元に届く。それも、個人が支払える金額で――。誠に勝手な想像で恐縮だが、ミニマル生産システムをうまく利用すれば、こうした究極の「個人向け半導体製造サービス」が提供できるのではないか。「そのICを製造するには最低100万個のロットが必要です」とか言われる心配はないのだ。

 300mmや450mmでナノオーダーの微細化を追求した高性能チップの生産に挑むのも半導体産業。一方で、デザインルールは1μmだが、世界に10個しかないオリジナルダイオードの生産に挑むのも立派な半導体産業だ。これが実現できれば、半導体製造の間口は一気に広がる。SEMIスタンダードやITRSロードマップには準拠しない、日本人らしい細やかな技の世界から新たな半導体製造プラットフォームができつつあることに、筆者はとてもワクワクする。ぜひ開発を成功させ、日本発の「究極の小口径による製造規格」として世界中にこの生産システムを広めていってほしい。

 なお、本紙『電子デバイス産業新聞』の5月14日号および5月21日号に産総研 原氏のインタビュー記事を掲載している。本稿と合わせてお読みいただくと、ミニマルファブの現状をより詳しくご理解いただけると思う。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

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