電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第551回

荒波を渡る京都企業


変化を捉えるデバイスメーカーら

2024/5/10

 ニデック、村田製作所、ロームなど名だたるエレクトロニクス企業が集まる京都。「京都企業は強い」と言われて久しいが、その強さは巧みにトレンドの移り変わりを乗り切り、成長市場にフォーカスしてさらなる成長につなげてきた変化対応力にある。米中対立の激化、コロナ禍の勃発と終焉、自動車の電動化やAIブームと環境変化がますます加速していくなかで、京都企業もそれらへの対応に迫られている。そこで本稿では京都に所在する主要なデバイスメーカーの変化にスポットを当て、それぞれが直面する課題や対策に迫りたい。

ニデック eAxleからの方向転換

 23年4月、創業50周年を機に日本電産から社名を改めたニデック。24年4月には社長執行役員兼最高経営責任者(CEO)としてソニー出身の岸田光哉氏が就任した(6月の株主総会後に代表取締役就任予定)。近年、創業者の永守重信氏の後継者問題で騒がれていたニデックだが、事業の側面においても大きな局面を迎えている。それはここ5年あまりかけて注力してきた電気自動車(EV)用トラクションモーター(eAxle)事業の方向転換だ。

 eAxleはモーターとインバーター、減速機を一体化させた駆動システムで、EVの基幹部品である。ニデックは現在のブームが本格化する以前にいち早く自動車のEVシフトに着目し、EV関連製品を注力分野に位置づけるとともに業界に先駆けて19年にeAxleを量産化。爆発的に成長し世界最大のEV市場となった中国で採用を伸ばし、一時は圧倒的なリードを誇った。

 だが、収益性の高い次世代品へと切り替えを進める前に中国市場における価格競争が激化し、永守氏が「異常」と表現する過当競争に陥った。また、ニデックの後を追って日系や欧米のティア1が続々とeAxleを投入し始めたことも重なり、高収益な大手OEM向けの展開も思うように進まなかった。このため25年以降を爆発的成長への分水嶺と位置づけ、グループの将来を担う柱事業としてリソースを集中投下してきたeAxleが、全社の業績の足を引っ張る事態となった。

 新社長発表に先立つ24年1月、23年度第3四半期決算説明会の席上で車載事業本部長だった岸田氏がeAxle事業の再建を発表。「リスタート」という表現のもと、それまでの拡大路線は事実上転換された。続く4月の23年度通期決算説明会では、具体的な取り組みとして中国の広州汽車およびその日系パートナー、そして欧州のステランティスとニデックの合弁会社にeAxleの供給先を絞り込む方針が示された。新社長として事業計画を説明した岸田氏は、「確実に達成可能な目標を設定した」と強調し、これまでとはフェーズが変わったことを示唆した。

 eAxle事業を将来の主力に推し出す方針が転換されたのであれば、「次なる主役」は何なのか。まず、車載製品そのものが注力分野から除外されたわけではない。eAxleこそ苦戦しているものの、電動パワーステアリングやブレーキ向けなどのモーターは好調だ。また、新たな車載ビジネスとしてECUとセンサーなどを組み合わせたボディー用システムが有望視されるという。

ニデック岸田社長は「ポストeAxle」の舵取りを担う
ニデック岸田社長は
「ポストeAxle」の舵取りを担う
 ほかにもいくつかの候補は挙がってきている。例えばここ数年にM&Aで拡大してきた工作機械や、欧州を中心に受注を伸ばしている蓄電システム(BESS)、AIサーバー向けで需要が高まる水冷モジュールなどだ。岸田社長は24年度第1四半期決算において新経営体制としての中長期戦略を発表する予定であるといい、どのような成長戦略が打ち出されるのか注目される。

村田製作所 待望の「逆転ホームラン」なるか

 村田製作所の事業戦略の全体像は、24年1月19日付の本コラムでもまとめているので詳細はそちらをご確認いただくとして、本稿ではその後2月に実施した中島規巨社長のインタビューなどで得られた情報を加味し、高周波モジュールに絞って取り上げたい。

 村田製作所は積層セラミックコンデンサー(MLCC)をはじめとした部品メーカーとして知られるが、10年代にそれに次ぐ柱として成長してきたのがスマートフォン用高周波モジュールだ。だが10年代末以降、高周波モジュールは業界最大手向けで競合に押し負け、スマホ市場そのものの不振もあって苦戦している。

 理由としては5G時代を見据えて開発してきた次世代技術が未だに本格量産に至っていないことと、コロナ禍で顧客との密接なすり合わせができなかったことだ。後者はすでに現地ベースの対応を進めており、コロナ禍の終焉もあって課題としては解決したと言っていい。前者は19年に米Resonantと独占開発契約を結んで入手した次世代フィルター、「XBAR」だ。当初から競合を圧倒する一手と期待され、22年には量産化を見据えてResonantを子会社化した。ところがミリ波帯の普及が予想以上に遅れたこともあり、本格採用に至らないままとなっている。

 次世代Wi-Fiでは一部採用が始まっているが、中島社長によれば大手スマホのプラットフォーム転換に合わせて採用されなければゲームチェンジは果たせないという。そのタイミングが、いよいよ25年に見えてきた。あくまで大手スマホメーカーの方針によるので確実なことは言えないが、中島社長の語る見通しは確度の高さをうかがわせる。高周波モジュールの停滞を打破できる一打を放てるか、注目だ。

 なお、経営の観点でも村田製作所は大きな転機を迎えている。6月の株主総会後に代表取締役会長の村田恒夫氏が代表権のない会長に退く予定となっている。創業から80年を経て、村田製作所の経営は創業家の手を離れることになる。

ローム 日系パワー半導体興隆のカギを握る企業に

 ロームはこの20年で兆円クラスの売上規模に躍進したニデック、村田製作所と異なり長く雌伏の時を過ごしてきた。2000年度に約4100億円の売上高を達成したものの、その後約20年間にわたり業績は停滞した。それがコロナ禍中の世界的な半導体需要の逼迫やEVブームの後押しで業績が急伸し、それまでの壁を越えて22年度には売上高5000億円を突破した。

 急成長の直接的な原因は世界的な半導体需要の拡大やEV化の加速だが、ここに至るまでにロームが打ってきた布石が成果を生み始めてきたというのが正確なところだろう。ロームはもともとデジタル機器向けのカスタムLSIを強みとしてきたが、2000年代に活況を呈した薄型テレビ、デジタルカメラ、携帯電話といった機器が10年ごろを境にピークアウトしていったのを背景に、注力分野を車載や産業機器に切り替え、パワーデバイスやアナログデバイスといった製品群を強化してきた。

 また、EVへの搭載拡大で注目されるSiCパワーデバイスにも早くから取り組んできた。世界的にもSiCデバイスの研究開発では先駆的な存在として知られ、将来のEV時代を見据えていち早く量産化に取り組んだ。EVシフトの加速で需要の急拡大が見込まれるなか、福岡県筑後市の生産拠点に新棟を建設して22年に開所。続く23年にはCIS系太陽電池の生産工場だったソーラーフロンティアの旧国富工場(宮崎県国富町)を取得し、SiC事業のさらなる拡大に活用する方針を示している。もともと10年初頭に事業化したころにはSiCの成長フェーズは10年代後半が予想されていただけに、まだかまだかと待っていた動きがようやく始まったといえる。関係者にとってはやっとこの時が来たかといった感慨だろう。

旧国富工場はローム最大規模の工場に
旧国富工場はローム最大規模の工場に
 さらに、23年に日本産業パートナーズ(JIP)らが実施した、東芝のTOBに参画したことでも注目される。ロームは東芝のパワーデバイス事業との提携を目的とした協議を始めており、経済産業省は両社の共同生産事業に対して約1300億円の補助を決めている。国は日系パワーデバイスメーカーの規模が海外大手と比べると小さく、将来の競争力維持を不安視しており再編に働きかけているとされる。日本のパワーデバイスの帰趨を占う曲面において、上り調子なロームが重要な役割を果たすことは間違いない。

京セラ 壁を越えるべく電子部品事業の拡大にアクセル

 主力のセラミック部品をはじめ、電子部品、太陽光発電システム、スマートフォン、情報通信システム、複合機など非常に多種多様な事業を展開する京セラ。デバイスメーカーとしてのイメージはあまり強くないかもしれないが、セラミックコンデンサーやコネクター、水晶デバイスなどを手がけている。そして近年注目されるのが、電子部品事業の拡大に向けた施策の数々だ。

 もともと電子部品事業はセラミック部品やセラミックパッケージなどとともに部品事業を構成する1分野だったが、21年度から独立したセグメントとなった。これに先立って、事業を構成するグループ会社の一本化が進められた。17年には水晶部品を手がける京セラクリスタルデバイス、京セラコネクタプロダクツを経営統合した。また、20年に連結子会社だった米の電子部品メーカー、AVXを完全子会社化し、21年にKYOCERE AVX(KAVX)に名称を改めた。KAVXは90年に京セラの子会社になったものの、長らく独立性を保ったまま経営されていた。

 京セラはKAVXの完全子会社化を経て、電子部品事業全体でのシナジー創出やさらなる事業拡大に向けた取り組みを本格化している。例えば、21年に完成したタイのKAVXの新工場は京セラ本体が持つ自動化などの生産効率化ノウハウが投入され、より効率的な運用が図られている。鹿児島国分工場(鹿児島県霧島市)の新棟やエルサルバドル工場においても、生産能力の拡大や自動化・省人化設備導入を打ち出す。

 他社からの事業取得による強化も図っている。KAVXは22年にロームからタンタルコンデンサーの事業資産を取得した。タンタルコンデンサーはKAVXが高シェアを持つ主力製品であり、12年にはニチコンからも同事業を取得している。両社の商流の一本化や相互の顧客の紹介といった販売活動におけるシナジー創出についても取り組みを進めている。

 こうした諸施策の狙いはなんだろうか。京セラの電子部品事業は水晶デバイスなどのニッチ分野に強みを持っているものの、村田製作所やTDKなど競合の大手受動部品メーカーと比べると存在感は大きくない。一方でKAVXは北米の航空宇宙市場や産業用タンタルコンデンサーなど競合の大手がカバーしていない市場、商材を押さえている。大手の競合と直接的にぶつかるのではなく、それらと重複しないところで成長を狙うのが京セラ電子部品事業の方向性と言えるだろう。

 中期経営計画における京セラの電子部品事業の売上高目標は25年度に5000億円。金額ベースで競合大手に迫る規模ではないが、KAVXとの事業一体化が期待どおりに進めば独自のポジションをより強固なものにできるはずだ。京セラは中計での電子部品事業について「市場成長率を上回る成長を実現する」と強い意気込みを示しており、20年代後半に向けてその地位がどのように変化していくのか先行きが非常に楽しみだ。


電子デバイス産業新聞 副編集長 中村 剛

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