電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第59回

ロボット白書に見る国内ロボット産業への高まる期待と不安


日本はすでに強力な“武器”を手にしている

2014/8/22

ユーザー視点のロボット開発を強調

 (独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、『ロボット白書 2014』を先ごろ公表した。“ロボット大国”を自認する我が国にあって、その産業育成や技術開発に大きな影響力を持つ組織として、まず「隗より始めよ」ということか。現在のロボット技術全体を俯瞰し、国内のロボット産業の活性化、発展、競争力向上に寄与できる提言を様々盛り込んだ。ロボット利用の意義や必要性をはじめ、従来ある産業用ロボットの現状や、今後大きな市場や技術のリーディング分野と期待される生活・サービスのロボット、フィールドロボットの現状まで踏み込んでおり、800ページを超える大作となった。日本語だけでなく英語版も用意、グローバルレベルでの情報発信も意識する。

 我が国は現在、少子高齢化をはじめ産業の空洞化、社会インフラ保全、災害対応など様々な社会・経済的な課題を抱え、その課題解決に向けた処方箋の作成が急がれている。その様々な課題を解決するためにロボット技術を中心に据え、「社会を変えようとするとき、そこにロボット技術がある」と言い切る力の入れようだ。
 日本の家電・電機産業を例に出すまでもなく、単に技術の優位性だけでは世界の市場でマーケットリーダーになりえなかった反省も踏まえ、とにかくユーザー視点を大事にしており、大勢の顧客の琴線に触れるような魅力的なロボット開発が何より重要であることを強調する。

 しかし、ロボット分野もいつまでも技術力があるからといって慢心していると、足元をすくわれかねない。あの東日本大震災の折、福島第1原子力発電所の事故が深刻の度合いを深めるなか、被害状況の把握にすら自国のロボットを投入できなかったことを考えると、本当に世界に通じる技術力があるのかと考えさせられるのだ。
 あの時、みんな思ったのではないか。日本は世界に冠たるロボット大国ではなかったのかと。しかし、現実は、あのような過酷な環境下で耐えられるロボットを我々は持ち合わせていなかった。

 実際に、ロボットに関する特許の出願件数の推移を見ると、近年は中国や韓国などからの出願数が急増しており、トップを走り続ける日本の背中にヒタヒタと迫ってきている。こうした危機感もあり、ロボット技術を一部の研究者のおもちゃにしておくのではなく、国民の期待に応える課題解決型のホンモノのサービスが提供できる体制作りのための起爆剤にしたい、との意図が読み取れる。

マーケットは大きい

 市場へのインパクトは大きい。既存の産業用ロボット(塗装・製造用)だけでも1兆円近い市場を形成しているが、先の生活支援システムや介護ロボットへの展開を見据えると、様々な分野でロボット化が進行して、サービスロボットやフィールドロボットといったボリュームゾーンの市場出現が期待される。経済産業省とNEDOがまとめた資料によれば、15年には1.6兆円に、35年には9.7兆円に拡大すると大胆に予測する。35年時点の各分野の市場内訳は、サービス分野が最大で4.9兆円を形成し、現在主流の製造分野は2.7兆円まで拡大する。ロボテク分野も1.5兆円、農林水産分野も0.5兆円と新市場を形成する。

 日本では人口の自然減に伴う労働者不足や、高齢者介護の増加といった社会問題が深刻化しつつある。安全や運用面で保証された生活支援ロボットが普及すれば、これらの課題を解決する有効な手段の1つになるとみられる。

サイバーダイン社のロボットスーツは治療用としても稼動中
サイバーダイン社のロボットスーツは
治療用としても稼動中
 こうしたロボット技術の多様化は現在、食品業界も注目している。中国などの新興国といった地域での需要が増加しており、原材料の値上げや海外生産での人件費などの高騰により、省力化による人件費削減は待ったなしの状況だ。さらに食品分野では、昨今話題に上る食の安全・衛生面などがいやおうなく注目されており、こうした分野でのロボット化の導入メリットは大きいはずだ。さらには医薬品や化粧品の分野にも適用可能といえる。20年ごろの自動車の自動運転化も今後さらに本格化していくだろう。期待が大きく膨らむというものだ。

■日本は強力な“武器”を手にしている

 一方で、不安がないわけではない。過去にいくつかロボットブームもあったとされるが、いずれも不発に終わった。要は需要と供給のバランスである。本来のニーズにあった製品が開発されなければ、何も高い買い物をする必要などどこにもないからだ。

 また、本当に安全性が担保できているのかどうかといった、基本的な技術レベルの検証で依然課題がある。やれ人工知能だ、高性能センシングだといっても何せ相手は機械だ。いざという時の安全対策をしっかりと消費者に打ち出せないと理解は得られまい。まだ市場が形成できていないなかで、絶対に安全なものはないが、リスクをできるだけ軽減し無くすことできるようなシステムの確立を急ぐべきだろう。

 実はNEDOでは、09~13年までの5年間、(1)生活支援ロボットの対人安全性基準、試験方法や認証手段の確立のほか、(2)安全技術を搭載した生活支援ロボットの開発、(3)安全性基準の国際標準化提案、試験機関、認証機関の整備を主な目的として「生活支援ロボット実用化プロジェクト」を地道に推進してきた。

 これらのロボット市場が今後大きく普及・拡大していくためにも、人間と関わりあうロボット製品の機能の安全性などを保証することは極めて重要となってくる。その意味で、同プロジェクトの狙いの1つであった国際標準化規格(ISO13482)への日本案採用は、画期的な出来事といってよいのではないか。

 同プロジェクトは、トヨタ自動車をはじめ本田技術研究所、パナソニック、日立、サイバーダインなどの民間企業13社のほか、名古屋大学、筑波大学、日本自動車研究所、産業技術総合研究所(産総研)など26の企業・大学や組織が参加した。今回の第三者による安全性認証を保証することで関連企業の新たなロボット開発や市場創出に拍車をかけることは間違いないだろう。

 そしてその安全性を徹底的に検証する施設として世界に先駆け、つくば市に「生活支援ロボット安全検証センター」(運営は日本自動車研究会)が本格稼働している。世の中で少しずつだが認知されだした生活支援ロボットの安全性や性能などの試験、検証を専門的に行う大規模な施設だ。

 同センターの内部は、走行試験関連エリアをはじめ、対人試験関連、強度試験関連ならびにEMC試験関連から構成。3次元動作解析装置や障害物接近再現装置のほか、装着型生活支援ロボットの耐久・強度試験装置など各種取り揃えている。電波暗室も完備する。

生活支援ロボット安全検証センターの外観
生活支援ロボット安全検証センターの外観
 例えば、人の生活を支援するロボットが強力な外乱光源を受けたときに、人を正確に認識できるか、正常にセンサー機能が動作するかの環境試験も実施する。そのため、10万ルクスというほぼ真夏の炎天下での太陽の明るさを再現できる人工太陽灯も導入した。また、30MHz~6GHzまでの電界強度を作り出し、電子機能の不具合がないかどうかの試験も実施可能だ。

生活支援ロボットの様々な機能安全などが試験・検証できる(安全検証センター内)
生活支援ロボットの様々な
機能安全などが試験・検証できる
(安全検証センター内)
 先の国際標準化規格で日本案が採用されたこととあわせて同センターの本格稼働により、日本は強力な“武器”を手に入れたことになる。日本のロボット産業の未来はこうした優れたインフラをいかに有効に活用できるか、戦略的に産業育成につなげていけるかにかかっていると言っても過言ではない。

情報発信を続けることが大事

 わが国はロボット大国とよく言われているが、かつて「電子立国」とはやし立てられてきたわが電子・電機業界では「技術で勝ってビジネスで負ける」パターンを繰り返し、辛酸をなめさせられてきた。この轍を踏まないために何をするべきなのかを真摯に考えていきたい。国内の大手自動車メーカーもロボット開発には注力しており、1社ですでに200人の陣容を形成するなど本気モードだ。もはや引くに引けないといった事情もあるだろう。官民の真剣度が研ぎ澄まされてきており、今後は、できれば10年、20年先を見据えたロードマップの作成も必要になってくるのではないだろうか。そうした技術の“ものさし”は重要で、自分の立ち位置とライバルたちとの距離を正確に測るうえで絶対に必要なものだ。

 まずは情報発信を積極的に行いたい。今回の白書のように具体的な成果を挙げ、安全面や評価の基準も出し惜しみをせず、日本からどんどん発信すべきと思う。国際学会や大学の設立や学部の新設も含めて、日本のロボット産業にかける意気込みを認知させることが重要だ。世界各国の企業や研究機関、大学機関などとの連携や交流を通じて、日本が名実ともにロボット技術・産業の先進国として認められるように、たゆまぬ努力を続けていくことが今、何よりも求められているように思う。そうした仲間を増やす活動は地味だが、大事なことだ。

半導体産業新聞 副編集長 野村和広

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