電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第56回

本当はコワ~い標準化、のお話


SiCパワーも「規格外」はポイ捨て、有り得ます

2014/8/1

 奈良の法隆寺、姫路城、京都、白川郷の合掌造り集落、原爆ドーム、厳島神社、日光、屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島、だんだん分かってきたかな、最近では富士山、富岡製糸場が登録された。そう、我が日本国の世界遺産の一部である。今回のお話は、この世界遺産からスタートを切ろうと思う。

 富士山や富岡製糸場で見られるように、世界遺産に登録されると国内外から観光客が次々と訪れ、お金をじゃんじゃん落としてくれる。世界遺産はお金の儲かる遺産なのである。さて、その世界遺産、どこが登録可否の判断を下しているかというと、ユネスコである。ユネスコの世界遺産委員会が決定する。現在、全世界の世界遺産登録件数は1007件、その約半数の物件を欧州諸国が占める。一方で、登録物件を1件も持たない国が、同じく全世界で30カ国も存在する。

 しかも、世界遺産委員会の委員の選出は、登録件数の多い国から選ばれる傾向が強いという。ということは、欧州陣営が委員会の主導権を握ることを意味する。欧州各国、それぞれ自国の観光産業を保護・育成し、外資獲得の手段として、自国内での観光物件を世界遺産として登録するのは有効な手立てである。登録物件が1件もない国は、選考委員に選出される機会もなく、登録のチャンスすら見出せないことになる。

 つまり、世界遺産を1つのマーケットとして捉えた場合、マーケットそのものはオープンで参入自由のように見えるが、見えないところで自分たちの利益享受にとって都合の良い仕組みを構築し、これを阻害するものは排除する機能を持たせる。これこそが世界規格、国際標準の真の姿である。標準化とは、決してスタンダード作成作業ではない。このことを認識していないと、痛い目を見ることになる。

国際規格・標準化は重要なビジネス戦略

 製造装置・材料業界も含め、電子デバイス産業界の各社のホームページを拝見すると、超ド派手な色彩でISO9000取得、ISO14000取得の文字が目に飛び込んでくる。自社PRよりも目立つぐらいだから、ISO取得は余程ありがたい出来事に違いない。そのISO取得のために、いくらぐらいのお金を使ったのかと思う。会社規模にもよるが、数千万円が消えたのではないか。

 国際標準がビジネス戦略なら、ISO取得もビジネス戦略。儲けたのはスイス・ジュネーブに本部を置く国際標準化機構と、実際に評価を実施した欧州籍の委託企業たち。日本国籍の企業は数千万円も掛かるのに、欧州国の企業が申請すれば、評価・取得料は数十万円で済むのはなぜ。

 欧州陣営を核に成り立つ世界規格・国際標準に、日本のエレクトロニクス業界は痛みを味わっている。ソニーのフェリカ技術もそうだ。非常に優れた無線通信の技術で、クレジットカードに世界規模で搭載される予定であった。市場をソニーに独占されると危機感を持った欧州籍の企業が、フェリカ技術は国際標準ではないと訴えた。欧州企業群の利益享受を阻害するものは、市場から排除する。フェリカは採用を見送られた。ただ、その技術の優秀さに、JRが力で押し切り「Suica」で採用した。日本の某大手自動車メーカーも、車載部品の国際標準を見て、これでは車の安全は保障できないと一蹴したという。標準化の中身というか、実際はその程度かも知れない。

欧州企業の発想

 欧州企業各社も以前は通常の企業間競争を展開していたが、アジア諸国をはじめ、新興国の急速な成長に伴い、次第にかつての求心力を喪失していった。そこで打った手が罠を仕掛けることであり、手法として国際標準・世界規格を持ち出した。

 最初に口火を切ったのはフランス。ワインへの毒物混入を防止するため、手法や成分に関して世界規格を作成したいと。各国も「ワインなら、どうぞ」とOKを出したことで、後手に回ってしまった。気付いた時は、もはや後の祭。欧州諸国はあれよあれよという間に、その対象領域をどんどん広げてしまった。

 この欧州陣営の企てに、最初に気付いたのは、やはり米国。次いで、日本が標準化作業に参戦した。でも、悲しいかな1国1票の投票権の中で、欧州諸国が団結してしまうと、もう手も足も出ない。ドイツとフランスなど、欧州諸国内で意見が割れた時がチャンスで、そういう時を捉え、ギブ&テイクの交渉を推し進める。採択可否の投票を行う際、どちらかに日本の1票を提供する代わりに、日本の主張も盛り込んでもらうのである。

 明らかに不公平な投票だが、表向きは各国それぞれの事情で、独自の判断で投票を行うとうたえば、公平さが演出できる。オープンで公平なように見えて、内情は欧州陣営が団結して自分達の利益享受を守り、不都合は排除する。これが世界規格・国際標準の実態であり、欧州諸国が創出した新手のビジネス戦略なのである。大国の米国といえども、投票権は1票。日本と同様、忸怩たる思いが米国にもある。

 近年、この標準化作業に積極的に取り組み始めたのが中国である。標準化作業の真の意図(うま味)を理解し、米国の一流大学を卒業した若いエリートを送り込んできている。まだ、現状は経験不足だが、10年先を想像すると要注意である。

欧州勢のウォッチングを怠らないように

 半導体業界も例外ではない。話題のパワー半導体に関しては、インフィニオンのパッケージ形態が世界標準として認定されている。欧州域にも売り込みをかけたいところだが、インフィニオン製とピン・コンパチブルのパッケージでないと、評価すらも行ってもらえない。

 ただ、SiCおよびGaNを採用したワイドギャップ・パワー半導体に関しては、まだ標準化は手付かずである。
 日本勢はGaNパワーはノーマリオフに執拗なほどこだわっているが、欧州勢はデバイス構造を変えることで、ノーマリオンでも良しとの気運が高まりつつある。これが世界規格・国際標準に認定されてしまうと、フェリカ技術と同じ道を歩んでしまう。どんなに性能が良くても、ノーマリオフ型は規格外の烙印を押され、市場からポイ捨てである。

 6インチSiCウエハ―に関しても、オリフラの長さが日本規格と欧米規格で違う。欧州勢が米国を味方に付け、投票に持ち込まれると、十中八九、日本規格は敗北する。欧米規格のオリフラ長が世界標準に認定されると、日本製の製造装置は使えないことになってしまう。
 欧州勢のウォッチングを怠ってはならない。変な方向に動いていると察したら、すぐに反論の声を上げる必要がある。

SiC/GaNパワー半導体
「国際技術ロードマップ」を作成しよう、みんなでね


 これからの日本半導体産業はワイドギャップ半導体を旗印に、世界市場を席巻してもらいたいと願う。製造のための装置・材料業界も潤って欲しいと思う。日本陣営が優位にビジネスを展開できるよう、日本がイニシアティブをとり、ワイドギャップ半導体に関わる世界規格・国際標準を構築する時期が来たのではないだろうか。

 無理だね。欧米陣営に一発で潰される。それに罠を仕掛けるとか、囲い込むとか、不都合を排除するなどといった発想は、我々日本人には向いていない。ぼくらは農耕民族、地道な努力と改善を重ね、前に進んで行く国民性である。

 世界規格・国際標準の策定に代わるものとして、日本が発起人となり、シリコン系半導体で実施している「国際技術半導体ロードマップ/ITRS:International Technology Roadmap for Semiconductors」のワイドギャップ半導体版に取り組んではどうだろうか。もちろん、世界の業界団体・企業も参加し、みんなでロードマップを築き上げていく。

 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)がすでに策定しているが、方向性を示すのみで、定量的ではない。また、インターナショナルでもない。ノイズやパッケージ、耐熱など、いつ、どのくらいに、どのような技術が必要になるかが俯瞰できるロードマップ。その情報が装置・材料業界にも浸透することで、製造およびプロセス技術も進化することになる。

半導体産業新聞 編集部 記者 松下晋司

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