新日本無線の業績が回復に向かっている。同社は2011年度、生産拠点の整理や人員削減といった“痛み”を伴う施策を相次ぎ断行するなど、大胆な構造改革に着手した。結果、損益分岐点が下がり、売上高が伸びなくても利益が確保できるようになった。もっとも、既存の技術や製品に固執している限り、将来の成長は見えてこない。ベースラインと称する従来製品群を守りつつ、積極的に新技術、新分野に参入することで、新たな成長に向けた一歩を踏み出している。
時計の針を6年前に戻してみよう。この時、新日本無線は深刻な経営危機に直面していた。08年度決算では、売上高が前年同期比で2割以上減少し、43億円の営業赤字を計上した。営業赤字は実に15年ぶりである。ちなみに、同社は00年代前半はコンスタントに600億円台の売上高を維持していた。03年度は売上高670億円、営業利益46億円で、前年同期比2割の増収増益を達成した。ところがその後、売上高、利益は下降線を辿り、08年度にはついに営業赤字に転落した。
09年度も業績低迷が続き、全セグメントで減収となった。経費削減を進めたが、売上高の大幅な減少をカバーできず、2期連続で営業赤字となった。対応策として打ち出したのが、後工程の海外移管である。製造原価の低減を図るため、10年4月から国内のパッケージ工程の海外移管(タイ子会社)を本格化させた。
事業構造改革プラン始動
新日本無線の事業セグメントは、大きくは半導体、マイクロ波管・周辺機器、マイクロ波応用製品の3つで構成されている。そして、全体売上高の8割以上を占めるのが半導体である。半導体にはバイポーラ、MOS、光半導体・マイクロ波デバイス(化合物素子)、その他が含まれる。主力の半導体製品は、オペアンプ、電源IC、オーディオIC、車載IC、GaAs IC、光デバイスなどだが、最近では、SAW(表面弾性波)フィルターやMEMSマイクといった新たな製品群も増えている。
08~09年度の2期連続で減収および営業赤字となったが、10年度は一転、増収黒字に転じた。ただ、利益面では依然として厳しい状況が続いた。業績低迷の原因は、景気の低迷や円高、主要顧客である日系企業の低迷、競合他社の参入といった外部要因だけではない。製造コストの高止まりが、同社の収益性を悪化させる大きな要因となっていた。
そこで、11年9月に発表したのが「事業構造改革プラン」である。「事業構造改革プラン」では、(1)生産体制、(2)製品構成、(3)研究開発、(4)人件費の4つの見直しを重点施策に掲げた。生産体制については、前工程(ウエハープロセス)の一部と後工程(組立)の大幅な見直しを打ち出した。後工程をタイ(チェンマイ)に移管することで、30%の製造原価低減を目指した。
さらに、改革プランでは、これまで避けていた人員削減にも着手した。改革プラン発表時には、グループ全体で3000人を超える正規従業員がいたが、これを1割以上削減し、シニア社員および派遣社員などを含めると500人規模の大幅な削減計画を打ち出した。改革の期間は2年間と定めた。一連の事業構造改革に投じる費用は11~13年度の3年間で200億円近い金額になるが、それでも固定費削減による増益効果に期待した。
改革プラン初年度となる11年度は、主力の半導体の受注が減少したことで、売上高は前期比で11.7%の減収となった。また、事業構造改革のための特別損失48億円を計上したことで、41億円の大幅な営業赤字を余儀なくされた。2年目を迎えた12年度も、半導体が伸び悩み、売上高は前年同期比で1割弱の減収となった。ただ、事業構造改革により、人件費、減価償却費、棚卸資産&廃棄費用の低減、さらには研究開発テーマの絞り込みによる経費削減など、合計74億円の固定費削減効果があったことから、収益性は大きく改善し、大幅な黒字転換を果たした。
そして、13年度。売上高は前年同期比15.6%増の420億円、営業利益は同54.9%増の22.7億円となり、全セグメントで増収増益を達成した。粗利益率の改善も進んだ。09年度には11%まで落ち込んでいた粗利益率は、13年度には20%超まで回復した。
後工程をタイに集約
ところで、2年間にわたる構造改革で得られた成果は何か。1つは、後工程の海外移管や国内生産拠点の整理、さらには研究開発テーマの絞り込みなどで、固定費が大幅に低減したことだ。同社の半導体製品の半数を占めるベースライン製品の価格競争力強化は、半導体製品の収益向上に不可欠となるが、後工程の海外移管、最新技術を用いたチップサイズの縮小化、パッケージの世界標準化、といった施策により、ベースライン製品の価格は従来比で40~50%低減することができた。
ちなみに、12年度に46%だった後工程の海外比率は、13年度は70%まで向上した。今後もタイへの生産移管を進めることで、16年度には海外生産比率を91%まで高める考えだ。コスト低減により、損益分岐点売上高も下がった。11年度の損益分岐点売上高は450億円だったが、12年度には354億円まで低下。13年度は380億円まで上昇したが、増収効果により20億円を超える営業利益を確保することができた。
生産拠点の整理・再編も進んだ。ベースライン製品をタイに、また、オプト製品を協力会社に移管したNJR秩父(子会社:後工程)は11年度末で閉鎖・売却した。前工程の拠点である川越製作所は4インチラインを閉鎖し、5インチラインに集約、クリーンルームも拡張した。NJR福岡(子会社:前工程)も6インチラインを増設し、パワーデバイスの需要増に対応した。人員は、391人の希望退職を含めて600人を削減した。
一方、後工程の移管が進むタイでは、生産能力の増強に取り組んだ。近隣地に新工場を建設(14年1月竣工)し、生産能力を従来比で4割引き上げた。そして、タイへの生産移管が進む佐賀エレクトロニックス(子会社:後工程)は、人員が最盛期の3分の1に縮小したが、ガラス加工ビジネスやLEDモジュール、イオナイザー監視システムの販売など、半導体組立事業依存からの脱却を目指した取り組みが始まっている。
新製品群が成長のカギ
11年度の後半から始まった事業構造改革は、13年度の前半で一通りのめどがついた。固定費削減で損益分岐点も下がり、収益性も大きく改善した。しかし、ここまでは、いわば“守り”を固めたに過ぎない。もちろん、事業の屋台骨を支えるベースライン製品の売上げ維持は最重要課題だが、これに依存するだけでは、製品価格の下落による収益悪化のリスクが付きまとう。
こうした背景から、同社が新たな成長戦略として力を入れているのが新規製品群「FORWARD」である。「FORWARD」は、(1)従来とは異なる製品群、(2)1アイテムで1億円以上の売上高が見込める、(3)すでに顧客が存在する(アイデアだけではない)といったコンセプトを基に推進する製品群を指す。そして、現在、最も注力しているのがSAWフィルターとMEMSマイクである。
SAWフィルターは、特定の周波数の信号を取り出すフィルターとして、主に携帯電話やスマートフォン、タブレット端末、TVチューナー、GPSなどに広く利用されている。新日本無線は、日本無線から引き継ぐかたちで同事業に本格参入した。現在、製品ビジネス(前&後工程)、さらには電子部品メーカーを活用したファンドリービジネスの2つのアプローチで拡販に取り組んでいる。
一方のMEMSマイクもスマートフォンやPC、ヘッドセット向けに需要が増えている。従来のMEMSマイクはECM(Electret Condenser Microphone)が主流だったが、近年では、耐熱性に優れ、リフロー実装が可能なMEMSトランスデューサーへの置き換えが加速している。MEMSトランスデューサーは、薄いメンブレンの両端に電極がついた構造で、入力した音はメンブレンで振動し、この振動を電気信号に変換する。このMEMSトランスデューサーと音声増幅用アンプをモジュール化したものがMEMSマイクになるが、自社でMEMSトランスデューサーおよびアンプを設計・製造し、さらにパッケージの最適化を図ることができるのが新日本無線の大きな強みである。
SAWフィルターとMEMSマイクは13年度に売上高が大きく増えた。12年度のSAWフィルターの売上高は2億円に過ぎなかったが、13年度には、SAWフィルター、MEMSマイクを含めた「FORWARD」の売上高は32億円まで拡大した。14年度もSAWフィルター、MEMSマイクの販売が倍増することから、「FORWARD」全体で2倍強の69億円の売上高を見込んでいる。
生まれ変わる
では、新日本無線は「FORWARD」を武器に、どのように生まれ変わろうとしているのか。1つは、半導体事業から電子デバイス事業への脱皮である。これまでは、オペアンプ、電源ICといったアクティブ素子回路を中心とするビジネスを展開してきたが、今後はセンサーのようなパッシブ素子回路を組み合わせた「電子デバイス事業」として事業領域を拡大していく考えだ。言い換えれば、部品単体のビジネスからソリューションビジネスへの転換である。
もう1つは、自前主義からの脱却だ。開発から生産、販売に至る自己完結型に固執せず、外部への生産委託や外部からの受託生産、さらには外部部品を組み合わせたモジュール化など、外部のリソースを積極的に利用する。すでに台湾UMCと共同で、高耐圧・パワーICの共同開発・生産を進めているが、MEMSマイクの製造についても、UMCが保有する8インチラインの活用が始まっている。
受託生産についても、国内半導体メーカーの再編を機に、引き受け案件が増えている。デンソーからライセンスを受けた、トレンチ埋め込みエピ技術を活用したSJ MOSトランジスタの量産も14年度から始まる予定だ。
半導体産業新聞 編集部 記者 松永新吾