電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第42回

ソニー、CMOSセンサーで戦略転換


ハイエンド一辺倒から脱却、主戦場は新興国スマホに

2014/4/25

 ソニーがモバイル向けCMOSセンサー事業で戦略の転換を進めている。これまで米アップルのiPhoneや韓国サムスン電子のGalaxyシリーズなど各社のフラッグシップモデルを中心に事業を推し進めていたが、市場環境の変化に伴い、ミドルレンジ/ローエンド端末にまで事業領域を広げる意思を明確に打ち出し始めている。ソニーの戦略転換の背景に何があるのか。今回はCMOSセンサー業界を取り巻く事業環境の変化を踏まえ、ソニーのCMOSセンサーの今後を展望する。

「ノウハウ 海外に出したくない」

 4月8日、ソニーは山形県鶴岡市で地元関係者やマスコミを対象に、ソニーセミコンダクタ(株)山形テックの開所式を開催した。ご存知のように、この山形テックはルネサス エレクトロニクスの鶴岡工場を買収した拠点。ソニーは事業拡大に向け、CCDを含むイメージセンサーの生産能力を現状の月産6万枚体制(300mmウエハー換算)から中長期的に同7.5万枚に引き上げることを表明しており、山形テックの取得はこうした強化策の一環だ。

4月8日に開所式が行われたソニーセミコンダクタ(株)山形テック
4月8日に開所式が行われた
ソニーセミコンダクタ(株)山形テック
 生産能力の拡張においては、当初ファンドリーなど外部委託も検討されていたようだ。しかし、山形テックがルネサス時代から培ってきた高い技術力、そして「CMOSセンサーのノウハウを海外に出したくない」(ソニーセミコンダクタの久留巣社長)という思いも働き、自社拠点の拡充という決断に至ったようだ。

 当日はデバイス事業を統括する鈴木智之執行役やデバイスソリューション事業本部長の岡本裕氏、生産部門を指揮するソニーセミコンダクタ(株)トップの久留巣敏郎氏といった、ソニーの半導体事業を取り仕切る「重鎮」が一堂に会するなど、ソニーにとっても、この山形テックが今後の事業拡大を図るうえでの重要拠点であることをうかがわせた。山形テックは今後、CMOSセンサーの生産立ち上げに向け、既存設備の改良や新規設備の追加導入を行い、15年度末までに月産2万枚弱のCMOSセンサーの生産ラインを構築する考えだ。

 山形テックで生産するのは、積層型CMOSセンサーと呼ばれるもの。同社のCMOSセンサー事業を現在の地位に引き上げた裏面照射型(BSI)構造の次世代版だ(図1参照)。積層型は従来、「スッピン」状態であった支持基板部分に信号処理などの回路を作りこんでいることが大きな特徴で、これにより、信号処理機能の強化、センサー部分の有効面積の拡張、さらには採用するプロセスルールの自由度が高まるなどメリットが多く、現在同社のモバイル用CMOSセンサーの出荷の中心だ。山形テックでは積層型CMOSセンサーのうち、センサー部分のマスタープロセスと呼ばれる工程、支持基板に作りこむロジック部の生産を行う見通し。ウエハーの貼り合わせや研削など、いわゆる「裏面工程」は長崎テックや熊本テックなど九州地区の工場で引き続き担うことになる。


CMOSセンサー事業に対する「変化」

 当日は開所式というセレモニーが本来の目的であったが、マスコミを対象に事業戦略に関する説明もあった。そこで、同社のCMOSセンサー事業に対する「変化」が見て取れた。具体的には、サブ(フロント)カメラ領域/タブレット端末分野への積極進出、中国をはじめとする新興国スマホ向け汎用製品の強化だ。

 サブカメラへの注力姿勢は特に中国市場を意識したものだ。中国のスマホユーザーは他の地域や国に比べて自画撮りニーズが非常に強く、高画素品の要求が高まっている(本紙2013年10月23日号掲載)。ソニーによれば、今後200万画素以上の搭載が増えると見ており、最大800万画素品を搭載するモデルもすでに市場に出回っているという。

 同様に、汎用製品の強化も中国市場攻略に向けた戦略の一環だ。同社はもともと、モバイル向け事業において、スマホのメーン(リア)カメラ用途を事業の軸足に定めていた。この分野が得意とする高画素かつ高感度なCMOSセンサーを多く搭載するからだ。iPhoneのメーンカメラは全量ソニーの800万画素対応のBSIセンサーが搭載されていることは周知の事実であり、サムスンのGalaxyシリーズの多くにもソニー製が用いられている。このため、CMOSセンサー市場において数量ベースでは他社の方が上位に立つが、金額ベースではトップの32%を獲得している(図2参照)。


 一方で、中国をはじめとする低価格端末が中心の市場は当初、500万画素以下がメーンで、ソニーが得意とする800万画素以上の市場はそう多くはないと見られていた。しかし、実際はこうした考えとまったく異なる方向へ市場は動いている。1000元クラスの格安スマホでも500万/800万画素が当たり前に搭載されるなど、予想以上に高画素センサーの要求が強いのだ。

 低価格端末でありながら高画素センサーを搭載するため、当然のことながら、コスト要求が厳しく、「性能は良いが他社に比べ割高」ともいわれる同社のCMOSセンサーは中国市場において若干苦戦を強いられていた。同市場では現在、中国現地のCMOSセンサー専業のファブレス企業であるGalaxy core(格科微電子)や韓国SK Hynixが高シェアを獲得しているといわれる。言い方は悪いが、これら企業は「性能はソニーに劣るが安い」を武器に、市場を席巻している。CMOSセンサー向けプロセス材料を納入する材料メーカーは「現状、CMOSセンサーの稼働が最も活況なのは、Hynixと(Galaxy coreの生産を受託する)中国SMIC」と明かすなど、中国市場での高シェアぶりがうかがえる。

 ソニーの汎用製品の強化は、今後も成長が見込める中国やインド市場を想定したもので、これまでのハイエンド一辺倒の姿勢を改めている。すでに、こうした取り組みは成果を見せ始めており、「中国のアップル」とも言われるXiaomi(小米科技)がソニー製CMOSセンサーを大量に採用するなど、シェア拡大に向けた体制は整いつつある。

ボリュームゾーンを追う

 ハイエンド端末の頭打ち感が鮮明となるなか、ソニーの山形テックの取得はある意味でボリュームゾーンを追っていくというメッセージとも取れる。山形の取得にあたっては、ソニーが得意とする高画素市場の成長鈍化や低価格市場における競合他社の猛追などから、懐疑的な目も向けられていた。

 しかし、開所式とあわせて行われた事業戦略説明の中身を見るに、山形の取得は今後のさらなる成長に不可欠な戦略拠点であったこともうなずける。ソニーにしかできない技術イノベーションを行いながら、同時にボリュームゾーンも追う。これまで国内の半導体メーカーが両立させることができなかった部分でもある。業界紙記者という立場を抜きにしても、ソニーの新たな挑戦を応援していきたい。

半導体産業新聞 編集部 記者 稲葉雅巳

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